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企業経営の新評価軸


<以下は”21世紀のビジネスシナリオの改訂版です”>
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評価法 「評価法」とは文字通り創造することについて何をどのように評価するのか ということである。図64にCreamonyの視点での評価法を示した。「評価法」に関して もしくみ/視座/対象軸で考えてみる。具体的にそれぞれに対応するものとして,創 造行為のしくみの本体である”経営”軸,創造者という人材に関する評価を考える” 人事”軸,被創造物の中心として考えるべき”商品”軸を置いた。

創造行為を実践していく主体である”経営”の評価について新旧パラダイムで見てみ よう。既に繰り返し述べてきたように,Oldパラダイムにおいて”経営”は経済資本 によって評価される。善人であろうと悪人であろうと,どのようなやり方をとろう とも,純粋に経済資本のみによって”経営”は評価を受ける。そしてその評価のさ れ方をひとことで言うならば,「先鋭的経済経営」であるかどうかだ。

すなわち, 結果として最も経済経営を効率的に行ない,成果としての経済資本を向上させたも のが”勝ち”なのである。このような旧い評価視点に対して,Neoパラダイムでは” 経営”は複合資本によって評価を受けることになる。そしてその評価のされ方は, 「Creamonic Management」を行なったか否かになる。複合資本とはいうまでもなく 社会資本/文化資本/象徴資本/経済資本であり,「Creamonic Management」では,これら を”バランスよく”向上させなければならないわけだ。

Oldパラダイムにおいて 文化資本や社会資本(特に社会関係資本)を失ってでも経済資本を先鋭的に増殖 させることは可能であるし,許される。しかし,複合資本を踏まえた「Creamonic Management」 では結果的に経済資本を増やすことはあっても,経済資本のみを一方的に増殖さ せることはできない。この意味で,「Creamonic Management」では現在よりもさらに 高度で質の高い経営手腕が必要となるだろう。

複合資本上での経営に関しては, 今後「Creamonic Management」の研究を深めていく必要があるが,その過程の中で,評価の下 部構造として,例えば,”適正利潤”であるとか”従業員(仕事仲間)による 経営への信任”,”全員株主や経営への自由参画”などの概念が産み出される ことは想像に難くない。 人材に関する評価,すなわち「人事」は新旧パラ ダイムを問わず非常に重要な評価軸である。但し,新旧パラダイムではその評 価法が大幅に変わることになるだろう。

 「人事」に関してもOldパラダイム では経済資本がその評価の基盤になっている。そして経済資本に照らし合わせ て,評価対象者がいかに目標を達成したかということが重要になる。換言する と,Oldパラダイムでは売上をいかにのばしたか,利潤をいかに上げたか,資産 をいかに蓄積したかが焦点なのである。創造者たるある人材はこの視座にて純粋 に評価され,昇進なり昇格なりを成し遂げるのである。逆に言えば,こうした 切り口での”創造行為”に邁進するのである。これに対し,Neoパラダイムでの 人事的評価は変化するものと考えられる。

いうまでもなくNeoパラダイムでは 何かを創造する人材の評価は複合資本上で行なわれる。要するに人事的評価の 切り口が複層化してくる。と同時に人事的最終目標は複合資本を増殖すること もさることながら,”自己実現されたか否か”であり,しかもそれを”創造者 自らが”自己評価するという形態になると考えられる。Creamonicな世界観にお ける多元在籍においてはある企業に居るかどうか,その仕事を継続するかどう かを決める判断主体は,創造者本人に帰属するからである。

 そういう意味 では現況のような人事制度や人事施策は姿を消し,自己実現を自己評価するた めの人事サポートシステムや,個人の力能向上のための諸制度の整備などが人 事上の主題となるだろう。

 「評価法」の最後の軸は「商品」である。創造行 為の結果は必ずしも商品になるとは限らないが,ここではCreamonyのビジネス 展開の観点で話をすすめるため,創造物=商品としてその評価を考えることに する。 商品に関してもその評価の基盤は,新旧パラダイムで,それぞれ経済 資本と複合資本である。商品の評価で最も新旧比較が明確になるのは,単品開 発から空間開発へと評価が変わることである。Neoパラダイムにおいても当然 物体としての単品は存在するのであるが,商品が単品として開発されたか,それ とも概念空間としての空間として開発されたのかがポイントになる。

この違い はおそらく新旧で同様なテーマであっても,最終的に顕現する物体のカタチは大 きく変わることになるだろう。勿論テーマの設定の仕方自体にも変化が生じるの ではあるが。

 「評価法」は”創造のテクノロジー”を完成させる要である。 いままで述べてきた,「情報発信」や「創造行為」によって方向性が与えられる だけでは”創造”を”テクノロジー”論として扱うには焦点がぼやけるのである。 今後更に「評価法」については研究開発されることが必要だが,Neoパラダイム の創造を的確に行なうために複合資本による創造対象の評価の高度化が欠かせ ない。

 「創造型社会」で語られる「創造型」という言葉には,「誰でもが創 造者として活躍できること」という理念が含まれている。その意味でも「評価法」 を整備して,より多くのよい創造がなされるようにしなければならない。
評価の体系というものは経済資本のように直接明確に成果の可否を知らしめる ものもあれば,個人の成績評価のように影響力は大きいにも拘わらず,表面的 には明確にはなりにくいものもある。評価体系は企業の方向や仕事の在り方や, 働く意欲を長期に渡って左右し,市場に創出される商品像へも何らかの影響を及 ぼすものである。したがって,評価体系を変革することは,企業,仕事,人を根 本的に変えることになる。

「評価法」の第1番目として,経営の評価について述べてみたい。

先に,大企業の”素材化”ということについて言及したが,将来の 企業の規模は,拡大CTN(CTNの連合)の連携の大きさと,企業が直接的に抱えて いる産出装置や産出システムの大きさによって,企業の大きさ,小ささが語られ るようになると考えられる。現況のように,ピラッミッド構造型で直接的に抱え る人員の大きな企業を大企業という言い方は旧いものとなるだろう。即ち, Creamonyの世界観においては,大企業とは大規模産出構造を直接抱える企業や, CTNの大連合体を形成する企業ということになる。

 Creamonic Managementを進める経営者の特徴は,本人も概念デザイナーであることだ。 技術系の出身であれ,文科系の出身であれ,概念デザインをハンドリングできる 人がCreamonic Managerである。 Creamonyを展開できる概念デザイナーが経営を行っているかどうか が重要な経営評価の一つとなる。それには経営者の文化資本が高くなければなら ないし,経済資本との関係を的確に把握できる者でなければならない。経営者と しての概念デザイナーが主に扱うことは,(拡大)CTNの運営と(拡大)CTフォーメ ーションの形成と運営である。

そういう意味では,企業規模の大小に関わらず,
概念デザイナーの行う”経営”の次元や質は同じである。但し,創造型社会におけ る”大企業”は,CTフォーメーションにおいて常時自前の大規模産出構造を自
由に活用できるということになる。Creamonic Managementの経営者は,さらに社内外の調整, 調和にどのように貢献できたかを測られることになる。前者は社内のCTNやイン フラのハーモナイザーとしての社内評価をうることであり,後者はオープンウ エッブの拡大量によって評価を受ける。

企業をCreamonic Managementをする概念デザイナーはハ ーモナイザーとしての支持を得ることが非常に重要なことになる。その意味で は,Creamonic Managerは,社内(の代表)から定期的に支持の確認がされなければな らない。社会関係資本を的確に駆使しうるということだ。これは提言に留めた いが,将来的にはCreamonic Managerに対する社内(の代表)による,信任投票システ ムなどが付帯的に必要となってくることだろう。

 Creamonic Managementの評価の一端を第 1章の図29-複合資本の構成要素の内,象徴資本の側面で見た場合,経営自体あ るいは経営者自身が,情報発信度/自己実現度/象徴支持度において成果を上 げなければならないということである。つまり社会に認められないような,自 らの行為に無理が存在するような,何らの社会的な思想発信していないような 企業活動や経営は象徴資本を高めることがなく,結果としてバランスを欠き, Creamonic Managementができえないことになる。

21世紀の創造型社会における経営は,規模 の大小を問わず,領域を問わず,質的に大変高いものが求めれれるようになる だろう。特に”経営自体を手掛ける”ことそのものが良い意味での高い緊張状 態と活発な新陳代謝を伴うものになると考えられる。 Creamonic Managementの成果は, 複合資本によって計量され,評価を受けることになる。つまり,文化資本, 社会資本,経済資本,象徴資本の4つによって評価がなされる。経済資本以外 の3つの資本はそれぞれ最終的には経済資本への換算が可能である。

逆に, 換算可能であることが必要だ。複合資本の経済資本への換算結果,Creamonic Managementは バランスシート上,損益計算書上,資金繰り上において健全経営が行われてい なければならないことは言うまでもない。第1章の複合資本の中身のところで 述べたように,複合資本の中身自体については,現時点で仮置きであり,今後 Creamony研究を深めながら適切に構築していく必要がある。また,複合資本の 中身を構成するそれぞれの項目が,上記の観点で計量及び換算可能であるよう にも設定していかなければならない。

因みにある企業の経済資本のみによる評 価が赤字であっても,文化資本や社会資本の換算によって得られる経済資本の 再評価で,黒字化されていればその企業はCreamonic Management的に黒字であると認められ ると同時に,社会システム的にそれが正当化されるということである。 言う までもなく,経済資本のみによる計量であっても,複合資本換算による計量で あってもどちらも黒字化されていることがCreamonic Managementの本旨であり, 概念デザイン開発はそうしたバランスのよい経営を行うためのものであるが, 上記のように経済資本にみによって切り捨て去られる,あるいは消滅してしまうものを基本的 に救済していくこともCreamonic Managementには必要なことなのである。現在の多くの企業 は当然,経済資本によって評価を受け,Oldパラダイム特有の科学主義的合理志 向や画一的で排他的な物の見方によって,企業経営や仕事や人材は計量され評 価される。

当然その評価体系のなかで失われるものは多いし,やむを得ず切り 捨てられたものもあるだろう。このように失われ行くものをそうしないために ,また,よいものをバランスよく産み出すために,複合資本による経営評価は 重要であると考える。前述のように現況,即時に法体系の整備を伴う経営の計 量/評価革命は難しいかもしれないが,少なくとも当面複合資本的観点を導入 した上でCreamonic Managementを行い,バランスのとれた創造行為を実施することが大切だ。 結果的には,その取り組みは例え経済資本のみの評価であっても黒字化できるこ とは予想に難くない。

いずれにせよ大切なことは,概念デザインを駆使するCreamonic Management では,企業経営が複合資本をベースに評価され,経済資本のみの評価による 現況の偏向した経営評価に文化的な調和をもたらし,企業経営の創造を行うこ となのである。

《人材の評価》 「評価法」の第2番目は,人材の評価である。

 概念デザイナーは,CTNのリーダとして対外的に明確に成果を創出していかなければならない。 対外的な成果とは,対社内,対社外に拘わらず複合資本によって明確に計量/ 評価されうる産出物を意味する。特に概念デザイナーの立場から言えば ”カタチ”を世の中に問て行かなければならない。

つまり,概念デザイナーは自らの手で対外的に明白な評価体系を構築 し,そのなかで明確な目標を設定していくのである。また,概念デザイナーはCTNの メンバーやCTフォーメーションを構成するメンバーの達成目標の明確化や,成 果配分の明確化などを適切に行うのである。対外的なわかりやすい評価体系 を自ら提示すること,それが人材評価変革のひとつのポイントである。

概念デザイン開発の大きな目標は個的夢想の実現にある。図49で示したように,個的 夢想はCTNの中核である概念デザイナーによって発信されることが多い。すなわち, 個的夢想は概念デザイナーの創造への想いそのものでもある。これを実現していく ことが概念デザイン開発のプロセスなのであるが,それが実際に達成できたかどう かが人材評価の次のポイントとなる。自己実現は単純に計量できるものではな い。要するに概念デザイン開発を通じて,概念デザイナー,さらには関与してきたメン バーが自己実現という感動や爽快感を実際に享受できたかどうかである。これ を実際に自ら評価してみるのである。 自己実現が率直なところ得られない プロジェクトは,概念デザイン開発としては成立していないと言える。つまりテー マ設定やプロセスのなかに何か不備な点があると考えられるだろう。

もし仮に そうした状況が発生した場合,概念デザイナーはその概念デザイン開発を中断し,プロ ジェクトの再構築をすることが必要であろう。このように自らが,感覚的に自 己実現性を評価することにより,概念デザイン開発を有効に進めることが重要であ る。自己実現の評価はプロジェクト進行中にいくどか行うことが必要だろう。 そうした経過をたどりながら,よりよいものが創造されてくると考えられる。  生まれい出るモノやコトは,すべからく祝福されたものでなければならない。 優れた存在は,存在した瞬間に全てと調和しているべきであるのだから。

人材評価のもうひとつのポイントは,オープンウエッブを拡充するための新た な人脈の形成である。これは具体的に計量可能なものである。何人人脈を増や せたか,どのくらい新しいインフラを活用できたのかということである。  人脈の増強は必ずしも仕事を通じたものでなくともよいが,形成された人脈 あるいは新しい活用可能インフラは,次の機会にCTフォーメションできるもので あることが必要である。CTフォーメーションできないからといってせっかく確保 できた友人関係を破棄するということではない。むしろ友人関係をオープンウエ ッブ関係にまで高めることが重要だ。そしてオープンウエッブ登録可能となった 新たな人脈を,人材評価としてカウントするということである。

 人材の評価 を複合資本を基盤として行なう場合,最も深く関係してくるものは社会資本と文 化資本であると考えられる。上記のオープンウエッブ拡充のための人脈拡大など はまさに,図29で示した社会資本の構成要素である,「人脈形成力量」や「コー ディネーション力量」で測られるべきものである。人脈の新たな開拓にせよ, コーディネーションにせよそう簡単なものではない。これらには他者に対して提 供してなお余りある個人の力能が不可欠である。あるいは”無私/無我”の精神 が必要である。単に多くの人と知り合えた,あるいは単に妥協的にまとめた(こ の場合少なからず潜在的不満が残るものだが)という観点での計量ではなく,か なり高いレベルでの計量と評価がなされるべきものである。言うまでもなくあ る人材による社会資本の増殖は,自己実現度を自らが認識するという意味で象 徴資本をも高めることになる。

人材の評価を文化資本の観点から考えると, ひとつには「人員×力能量」で測られる,個人的な力能や文化資本量があり, Creamonic Managementに関与する人材は常に,この部分の増殖に努めなければならないし, また,それが明確に計量され表明されるものでなければならない。もうひとつ には「文化空間開発量」や「文化資産開拓量」など,実際には商品創造を通じ て創出されるものによって人材の評価が計量される。人材の評価の中では,こ の切り口が比較的分かりやすく明示しやすいといえる。

文化空間開発量とはい うまでもなく,”概念空間の開発総量”であり,手掛けるテーマとそのボリュ ームによって決まってくる。概念空間自体の規定はさらに細部を詰める必要 があるが,当面は関係価値空間の規模やユーザボリューム,物理的空間 量,情報の入出量などによって決めてよいだろう。 

経済資本を除く3つの資 本の構成要素は,実際には経済資本への価値変換を試行錯誤的に進めながら, ガイドライン化していくことになる。個々の企業の場合,創造型社会での Creamonic Managementを標榜するにあたり,それぞれの過去の実績の分析から, 仮説としての初期値設定をすることが肝要であろう。

《商品の評価》 「評価法」の第3番目は,商品の評価である。

 現況,商品は富を稼ぎ出すものとして創出されている。経済資本を基準とし て,より安く産出し,より高く消費させることが是であり,その結果,最も富 を多く産み出すことのできる商品が,経済経営においては良い商品なのだ。
このようにして産み出される商品によって,プロローグで述べたような種々の 瑕疵が同時に産出されつつある。 Oldパラダイムにおける商品づくりは, Neoパラダイムでは大幅に変革される必要がある。大きな前提として,これから の商品づくりには,モノの存在哲学が問われるということだ。そのひとつが, 商品の存在が自然環境や私たちの生活と調和していることだ。

少なくとも,そ の商品が存在することによって得られる効能と引替に,害悪の発生をある程度 許容するというような存在の仕方をしないということである。さらに,その創 造された商品が新たな世界を構築することによって,私たちの生活をよりよく 進化させていくことだ。もうひとつの存在哲学は,美と感動の創造である。
美が真理や神の表徴であるとするならば,顕現するモノやコトは,真理を表徴 するものとして,美的であり,感動を呼び起こすものでなければならない。

機 能の効用は理解できるものの何か不自然さや心的イメージとしてぶ格好さを感 じるもの,あるいはその存在が不都合を副次的に産出しているものは美的では ないし,感動を与えることはできない。概念デザイン開発が目指す商品開発にはそ の根底に,美と感動を表現する創造行為と言うものがある。近代においてARTと 科学技術は両極として乖離していった感があるが,創造型社会では両者が再び 邂逅し融合されることが必要なのだ。

つまり,概念デザイン開発によって産出され るあらゆるモノやコトはARTECH(ARTとTECHNOLOGYの融合体)として昇華される ことが大切だ。そのために,これからの商品開発は,産み出す以前の取り組み が非常に重要になる。特に個的夢想の抽出やテーマ設定などの抽象的分野や, CTフォーメーション化や概念空間開発等の分野に多くの資本を投下すること が必要となるだろう。冒頭述べたように,商品をこの世の中に顕現させること 自体は,”神聖な儀式”になると言える。”神聖な儀式”という言葉には二つ の重要な要素がある。

ひとつは”神聖”でこれは,モノやコトとしての商品が この世の中に顕現するときに”存在の哲学”が問われるということだ。同時に 顕現している状態が瑕疵のない”全き状態”でありそれ自体も,周囲とも調和 がとれているということだ。生まれいでるべくして生まれ,そこに神が宿ると いうような祝福された存在であるということだ。もうひとつは”儀式”でこれ は,カタチや型として最後に表徴してくるものという意味である。現況わたし たちは可視的な顕現物,しかもその表層の形としての商品を全てであるととら える傾向があるといえるが,最終表徴としての商品とは,それがもつ不可視的 な部分や発現の経緯,存在の意味などの重要な潜在的なものを”節目”として この世に出現させる装置なのである。

”神聖な儀式”として,Creamonicな商品 は存在すること自体に責任が生じるのである。 以上のような大前提を踏まえ, 具体的な商品評価について考えてみる。商品の評価革命の肝は,その商品が 概念空間という空間として開発されているかどうかである。概念空間が存在す る条件としては,次の様な項目の検証が必要である。

(1)個的夢想が情報
発信源となっているかどうか。個的夢想の形成については卓越的情報発信のとこ ろで述べたので繰り返しは避けるが,重要なポイントは個的夢想の発信が真に 自己実現の一環としてなされているかどうかであり,CTNメンバーがそのことを 実感として確認できるかどうかである。さらに,特定の地域にその個的夢想を 実現させうる潜在能力があるかどうかにある。 

(2)概念空間開発がCTフ
ォーメーションによって形成されえたかどうか。CTフォーメーションには基本 的に顧客や顧客代表がメンバーとして入る。また,下部課題の研究を平行して 行うことを前提としているため,学問分野の専門家もメンバーとして入ってく る。CTフォーメーションには概念デザイン開発のための必要最低限の構成メンバー が欠かせないのである。CTフォーメーションが不充実なものから開発された商 品は概念デザイン開発商品とは呼べない。

 (3)概念空間が空間性を持ってい
るかどうか。これからの商品は単品開発でなく,概念空間という空間開発の 一環として創出されることになる。逆に,空間発想から単品が形態開発されな ければならない。テレビはもはや匡体を持たないかもしれない。冷蔵庫はもは や開き戸を持たないかも知れないのである。 概念空間には複数か単独の核 となる存在が必要である。それがあるかどうかも検証しなければならない。 概念空間は商品として表現されるときには当然物体が表現される。

そのように して物体として表現されたイメージが,多元的な空間を構成できるかどうかが 重要である。例えば,単純に一つの部屋と一つのテーブルによってある概念空間 が表現されている場合,それが居住空間でもあり,芸術家の表現空間でも あり,家族のコミュニケーションボックスでもあるといった具合に,空間に複 相性があることだ。さらに,産み出された概念空間のネーミングにも空間性 が必要である。少なくとも概念空間に与えられる名称は,例えば冷蔵庫部屋 といったような特定の機能や単品を象徴するものではあるまい。

 商品の評価 を複合資本を基盤として行なう場合,最も深く関係してくるのは経済資本と文 化資本である。前者は言うまでもなく,その商品が経済資本的に健全な成果を 上げるかどうかということだ。健全なとは,適切に完全消費されることであり, 次の企業運営のための適切な利潤をもたらすことである。商品があるべくして あるという商品の存在哲学がここにある。先にも述べたが,複合資本は全て最 終的には経済資本に変換できなければならないが,複合資本の変換の結果とし ての広義の経済資本も,純粋な経済資本も健全に成果を上げていることが創造 される商品に期待されることである。後者の文化資本については,商品は前述 のような文化空間開発量などによって直接的に評価を受けることになる。また, その商品の創造を通じて関与した人材の個人的な文化資本の増加などにも貢献し, それが明示されうることが必要であろう。

 概念デザイン開発によって開発される 商品は,あくまでも”Creamonicな商品”である。Creamonicな商品として世に送 り出され,その存在意義が検証され,結果として複合資本を増殖することがで きた商品が,”Creamonicな商品”と言える。文化資本や象徴資本の増殖にはある 程度の時間経過が必要である。真にCreamonicな商品として認知されるためには, 数年の時間経過は必要だろう。 この項で最も言いたいことは,商品創造を 概念デザイン開発手順にそって的確に行うこと。商品の開発状況を 複合資本の構成要素で的確に評価することなのである。そうした結果, 存在哲学が認知されたARTECHとしての商品が多元的に創造されることになるだろう。



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