慧エッセイ2012-1203 『論考;原発という、この宇宙の理に適わぬもの』

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東北関東大震災・大津波と原発事故の犠牲者に深く哀悼の意を捧げます!2011-3

覚醒の夜明け

20110311東北関東大震災・大津波犠牲者の御霊の安寧と未来を背負う人々の艱難辛苦への慰労を祈るがごとく…
夜明けのとき、日本よ覚醒(めざめ)よ!そして立ち上がれ!…と旭日が昇る
今この時期に日本と日本人に最も求められていること…それは『浄化の力、叡智の力、結束の力』ではないでしょうか。
『浄化の力、叡智の力、結束の力』については是非、2006年9月の「三輪山再登拝の記録」をご覧いただきたいと思います。
原発の”ハイリスクーローリターン”性については、「エッセイ集;慧1999年10月3日号」 で言及しています。是非もう一度ご覧ください。
そして極めて前時代的で危うい「引き裂きのテクノロジー;原子力発電」にけじめをつけて、新時代のクリーンエネルギー開発に向かいましょう!
太平洋プレートの次は…どこなのか!一目瞭然!---浜岡原発、若狭湾岸原発群他を速やかに停止させ、次なる賢明策を!



Photo by Yamaguchi Taikoh @ Ooyama-Afuri Jinjya Kanagawa Pref.

12月に入り、寒さは増してはいるものの、未来への太陽は輝きを増しつつあるような気がする。
原発可否の問題が最大の政治争点になってきたことは誠に喜ばしい限りである。他の政策と並べて3大争点の政策であるとか、逆に原発問題は政策にすらのらない瑣末な論点として敢えて捨象する輩も出てきている昨今だが、私的には「今次の原発問題」こそ政治の根源的な哲学課題であると考えている。それはむしろ資本主義か共産主義かといった政治選択などを遥かに超え、ましてや一政策課題としての位置づけなどをも大きく凌駕して、人間の存続に関わる政治哲学であり、2012年の最終月に人間にその選択が委ねられたという点で、何とも考え深いものがある。

話は変わるが、小生が原発に直観的に疑問を持ったのが30年前。若狭湾に水晶浜という美しい海岸があるのだが、結婚したての頃家内と夕日を見に水晶浜に出かけたことがある。夕日は勿論美しく、若狭湾の素晴らしい風景も深く心に刻まれたのだが、そのとき違和感を持ったのが、稼働したばかりの美浜原発の偉容な姿で、海岸の崖を切り取った白亜の巨大施設群は文字通り日本の原風景にそぐわぬ“異様な物体”であった。 またそのころ勤めていた会社の組合研修で、たしか北陸地方の原発を見学したことがあり、まじめで賢そうな電力会社の幹部が懸命に原発の安全性を説諭していたのを印象深く覚えている。真実を語れぬ饒舌には苦笑が伴うものだが、そのときもそのまじめな幹部にそういう思いを抱いた。

その後1999年に東海村で原発事故があった際に原発はやはり理に反した不毛の存在であることを確信し、概念デザイン研究所のホームページ上でもそのことを発信した次第である。 核分裂をエネルギー発生源とする原発は、危険であるとかないとかいうレベルを遥かに超えている。その感触をひと言でいえば、存在すべきではない悪魔の種子であって、完全に大宇宙の理に反する存在ということになると思われる。創世神ですら取り上げなかった核分裂というエネルギー源を人間ごときが扱おうとすること自体がおこがましいことであり、ましてそれを統御する能力などは人間にはないといえる。この禁断の種子に手を付け、それを欲望に任せて疑似的なコントロールをして見せようとすることは、それこそ「人間の業と欲から発した大罪」といえましょう。はやく手を引くしかない。でなければ大災厄がこれから本格的に人間存在に振りかかることだろう。今ならぎりぎり何とか間に合うのではなかろうか。その選択をこの師走一人一人ができるということは、大きな希望である。

 われわれの銀河系には約2000億個の恒星があり、大宇宙には銀河系が約2000億系もあると言われているが、宇宙のエネルギー源の多くを占める光と熱を発する恒星のどれもが核融合反応によって周囲にエネルギーを放射している。核分裂という「引き裂き=悲しみ」の負のエネルギーではなく、核融合という「結合=慈愛」の正のエネルギーを発生することで、我々の存在できる大宇宙は成立しているのである。結合こそが宇宙の理に適ったエネルギー源であり、分裂をベースにしたエネルギーは次元の低い宇宙の理(うつのり)に適わぬ存在と思う。

核融合も勿論放射能は出す。しかしそれは放射能であって物質ではなく、しかもその放射能は比較的短期間に収斂可能でもある。核分裂は放射能と同時に新たな放射性物質を生成し、しかもそれは連鎖的に生成され、気の遠くなるような非常に長期間をかけないと生成された物質は崩壊しない。
 私は地球上における核融合炉については21世紀後半のあるべきテクノロジーであると考えているが、核分裂型の原子炉は時間的な技術課題クリアの問題ではなく、存在そのものが宇宙の理に反していると考えるのである。

 日本人の選択が核分裂型の原発廃止に動けば、世界も連動して変わるであろう。その選択がいよいよ2012年の最後に出来ることになった。
5126年周期のマヤの歴史が2012年12月21日で終わり、新たな時代が始まるという伝説が、現実的な私たちの生きざまに見事に投影されてきたのではあるまいか。 雲の切れ間を自分たちで作りだし、その切れ間の向こう側の新たな世界で、身近なところから何が役に立てるかを探してゆきたいと思う次第である。

    以下再掲; 20世紀の負の遺産(東海村事故に思う-1999:http://www.gainendesign.com/kei/krepo/k91003.html

1999年-10月3日…20世紀の負の遺産(東海村事故に思う)…文責;山口泰幸

1999年9月30日に起こった茨城県東海村における核燃料工場内爆発事故については、どうしても言及しておかなければならないでしょう。 当日テレビのニュース速報で簡単なコメントが流されました。

「東海村で爆発事故!発生」…原発における核燃料工場における爆発…というキーワードは、ぼんやりテレビを見ていた私を飛び上がらせるに十分な響きを持っていました。臨界状態に達した核燃料がバクハツをするということは、可能性としてかのチェルノブイリの二の 舞になる可能性があるからです。

一瞬私の脳裏をかすめたのは、家財もなにもすべて捨てて、すぐにでもクルマで東名を下ろうかという 思いでした。たしかに茨城の東海村は神奈川県からは遠いところにあります。しかしチェルノブイリは数千キロメートルの広大な範囲に 甚大な被害を与えたのでした。それを思えば、たかが100km程度は爆心地のすぐ隣です。要するに、日本における「原発の爆発」という 事態は瞬間に日本全土を被爆地にする可能性があるわけです。

日が経つにつれ、事故を起こしたずさんなシステムと管理姿勢、防護に対する無策さが次々に露呈されてきています。 実際のところ、不幸中の幸いにも、重症ながらも死人がでず、臨界状況もおさまりつつあるということなので、一応終息状態に入りつつ ありますが、この事故が21世紀の日本づくりに投げかける課題はとてつもなく大きなものと言えましょう。

結論的に言えば、これは100%人災といえます。違法なJCO独自の操作手順書の存在、それを見逃すあるいは奨励する管理体制、事故後のあ まりに運を天に任せるかごとき防護体制、情報発信の遅れなどなど、そのすべてが人災であり、ぬるま湯にあぐらをかいてきた日本人の 心性へのしっぺ返しの様でもあります。ただただ被害が最小限であったことに天に感謝する…という状況ではないでしょうか。

現場のチームリーダーなる人の「それでも操作マニュアル自体が今回の事故の直接原因ではない」と開き直る姿勢にすべての原因の矛先 を向けることも、どうも正論ではないような、そんな根深さを感じるわけなのです。

核燃料を、東海村の敷地内とは言え、JCOという一企業が行っていることを、初めて知った人は私以外にも数多くいるのではないでしょ うか。営利追求の株式会社形態の一企業が核燃料をつくる。しかも独占的につくる。そこに更なる営利追求のための間違った効率化、 手抜き、品質低下、仕事に対する驕りが出てきても決して不自然ではありません。

核燃料という20世紀が生み出した諸刃の剣をそうした 状況下において産出している基本構造およびその前提の考え方の設定にこそ、真の問題が宿っているわけです。まさに20世紀的な社会構 造の瑕疵そのものでありましょう。たぶんその上に政治的な利権や、天下り構造などが絡まっていることも十分に考えられます。

コンピューター2000年問題もしかり、山陽新幹線のトンネル崩落事故もしかり、公営住宅の崩壊現象もしかり、高速道路標識の落下事故 も然り…あらゆる20世紀的な大規模基本構造の瑕疵が表面に出始めたというのがここ数年の動きです。今回の核燃料事故もそのひとつの 現れでありましょう。

私が今回の事故で一番気になっているのは、核燃料製造工場のセキュリティの問題です。 核燃料がかくもこのような無防備な工場で、かくも簡単なプロセスで製造され、かくも高確率で臨界点に達することが可能であっていい ものか…背筋が凍る思いです。

核燃料の臨界状態において発生する多量の中性子は核先進国が保有する中性子爆弾のまさにそれであり、日本は核武装こそしていないも のの、中性子爆弾がいとも簡単に日本でバクハツする可能性を大量に保有しているということになります。 JCOというプライベート企業に侵入することは簡単でしょう。そこに時限爆弾をしかけることもできます。JCO職員を拉致して、彼らに 臨界状態を作らせることも可能です。事態は極めて深刻です。

現在、内閣改造を延期して大特急で万全の善後策を策定中かと思いますが、この基本的な脆弱部分が世界に露呈してしまった今、住民の 避難対策と共に「テロ対策」を十二分にすることが肝要です。21世紀はいずれにしてもエネルギー革命の世紀になるはずですが、核分裂 を前提にした原子力発電という極めて20世紀的な考え方とシステムを再考する良い機会であるのかもしれません。

私が言いたいのは、21世紀の日本における新しいエネルギー体系を構築するにあたり、既存の原子力発電にのみその解決策を委ねるので はなく、さらなる省エネ、省エネ思想の醸成、太陽光、風力・波力等々のエネルギー、核融合によるエネルギー創出に注力すべきではな いかということです。

核分裂という「引き裂きによる」エネルギー抽出は、「戦いと殺戮の時代」であった20世紀そのものをみごとに象徴しているではありま せんか。20世紀の瑕疵が表出し、それらをわれわれが認識し、21世紀に向けて、それらから卒業し、昇華していくこと…そのための表徴 が今回の事故であるような気もするわけです。

  


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