”慧”小論文


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Conceptual- Design- Laboratory

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1998年-10月20日…21世紀経済のデザイン-2-宇宙の理に帰還…文責;山口泰幸

”その1”では、そもそも「経済」という言葉や概念とはどういうことなのかを振りかえりながら、21世紀の 「経済;ケイザイ」を、「わたしたちの生き様の総体」であるという認識で広義に取り扱うご提案を致しました。
それでは、「生き様」を考えるために「生きる場」あるいは「生き様の舞台」としての”時代”はどのように 変化するのかということについて考えてみたいと思います。ここまで言及して初めて、「21世紀経済のデザイン」を 語ることができるわけです。…具体策についての記述は次の連作以降になりますので、いま少しお付き合いください。

私達は現在まさに20世紀に住んでいるものですから、あたかも20世紀的なモノやコトが極端に言えばこの世の 全てであり絶対的正義のような錯覚に陥りますが、もしあなたが1000歳の寿命を持つ生物だとしたら、おそらく 十字軍の遠征からジンギスカンの世界制覇、中世の宗教改革、大航海、地動説の出現、植民地化、世界大戦、 飛行機や自動車の発明…そして現代文明へと、手に取るように実感として回想できるはずです。そして20世紀の 最終章である”今を”、時代の大潮流の中のひとつの現実として俯瞰できるはずです。当然私達の現在の寿命は 高だか80歳前後ですから、1000年単位での時代の俯瞰は、実感としてはできません。しかし概念枠組みの中から かなり俯瞰できやすい状態にもっていくことはできます。それをまずしてみましょう。
時代を俯瞰するためには最低限三つの視点が必要です。それは「時代が基本的にどういう構造を有しているのか あるいはどういう”場”でなりたっているのか」、「その時代の人間の平均像がおおよそどういう方向を向いているのか」、 「時代を支えている具象的な切り口やテクノロジーは何なのか」という三点です。
さてここでは、社会学的にあるいは文化人類学的に、また歴史学的に精査することが目的でありませんので、 誤解と揚げ足とりを恐れずに、わかりやすく感覚的に記述してみます。まずは次のイメージ図をご覧ください。

このイメージ図が私の認識している時代の変遷の俯瞰なのです。
時代というのは連続しているかのようで実は図のように、大きなジャンピングがあると考えられます。丁度今は 20世紀から21世紀へと時代がジャンピングする過渡期の大混乱の中にあるわけです。 先述のように時代ごとにその時代を”記述できる”特徴があります。その最低限度のエッセンスを書き出したものが 図中のキーワードです。
1000年単位の大きな時代の潮流の中で、20世紀とは一体何であったのか。それは「構造」「視座」「手段」の三つの 視点で次のように語ることができるでしょう。すなわち、20世紀とは「国家という呪縛に閉じ込められた、 地球上の地表を主な活動範囲とした」、「神を実は対峙関係に押しやって、人為、”人間主義”がなによりも優先され」、 「戦争や破壊による”排他・利己”による富の収奪を主軸とした増殖」の時代であり、これを宇宙的視点から 眺めてみれば、一言”闘いの星”であると地球が総括されうる、特異な時代であると…。

その20世紀という”偏頗した”時代に、自浄しながら別れを告げ、新たな時代に入ることがまさに21世紀なのであって、 20世紀が”人為にあまりにワープしてしまった時代”であるという反省の意味も含めて、21世紀とは”宇宙の理に帰還する” 極めて意義深い時代でもあります。
20世紀を語る三つの視点に対応させて21世紀を記述するならば、次のようになります。すなわち、 「宇宙の根本原理に抱かれながら運行する太陽系の視座において捉えられる惑星地球という”場”で」、 「宇宙の原理への真摯かつ深遠な探究をベースに、神の現れの局面としての人間を自覚しながら」、 「精神という不可視な対象を中軸に物心両面を尊重しつつ、利他による創造によって豊穣なる世界を現出する」 という時代であり、さらに20世紀の平板性、局所性を克服するために、「循環と調和による総体の生物的ダイナミズム」 という視点が必要となり、これによって時代認識は”立体的”かつ”複相的”なものとなります。 さらに、その立体の中心に”INORI;祈り”(「利己」「排他」…等の概念が思想的に是認される状況を、飛翔的に超えていくという 包括概念としてのキーワード。意識や意思さらに心の発現する場及びそれらが向かう方向を指し示す言葉であり、 「教会でお祈りをする」という意味での、その形態や心情というよりは、もっと広い、”い、の、り”という振動数で 形成される”場”を意味しています。その意味でキーワードとしては”INORI”として表現するようにしています。 この概念の補足説明はココにあります。)というような不可視であるが 人間の生き様に非常に重要な視点が具体的に認識される時代でもあります。
ここから、ようやく、その展開としての 「21世紀経済」を語ることができるのです。とりあえず今回はここまでと致します。この図は概念デザインで言う 「概念構造化仮説」をさらに総合的にイメージ化したもので、21世紀を考える基本コンセプトになります。
私としては、ここの部分に関しては、情報公開であるとか概念特許などというような思考の枠組みやビジネスエリアを 大きく逸脱してしまう内容かと考えていますので、21世紀に棲む人間の基本思想として共有化すべきものと 思っています。…と言って、自説を固持し押し付けるつもりはありませんので、あらゆる発想の展開、あらゆるディスカッション の展開を踏まえながら、”こうした概念設計”が定着し、しかもその中から、21世紀の時代性が多くの人に あきらかになってくることを”I・NO・RU”次第です。では、また次回!

  


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