1998年-11月17日…「緊急経済対策」への意見具申…文責;山口泰幸
11月16日に政府から「緊急経済対策」が発表されました。現在経済企画庁が広く意見を公募していますので、
さっそく私も率直な提言をしておきました。以下の青字部分は電子メールにて送付した意見具申の全文です。
経済企画庁は新聞にて氏名、住所つきで公表することを前提にしていると言っておりますので、
運良く全文が掲載されるかもしれませんし、一部のみの引用が出るかもしれません。慧の読者の皆様には
今次の「緊急経済対策」に対する私の結論の全容をお知らせしておきます。
…
「嵐の中でも時は過ぎ行く」…という格言がありますが、私はこの格言が好きなのです。それには2つの理由が
あり、ひとつは、”外部環境が最も厳しいと思われる状況の中で、既に次のステージが胎動している”という
認識が優れているということと、ふたつめは、”常に事態を客観的に認識せよ!”という自覚が喚起される
ところです。
この格言に基づいて今回の「緊急経済対策」を見るならば、大きな一つの結論として、”最低限の仕掛けは組めた”
ということです。総じて言えば、全体としてはまだ荒さと洩れはあるものの、バランス良く、次なるステージ
の足場が出来ているということでしょう。これに対し、いわゆる識者やエコノミストそして偏狭なマスコミは
こぞって批判を集中させるでしょうが、それらはあまり本質的な展開には関係しないとみておいた方がよろしい
かと思います。こうした”具体的な提案”というものは、いわゆる識者には、彼らの立場を浮かび上がらせるための
題材が豊富に含まれるからです。
また、ウオールストリートジャーナル紙やタイムなども、「商品券構想」などに妙にめくじらを立てながら
大批判を展開していますが、今回の「商品券構想」などは、「まあいいんじゃない!」…という程度の
”おまけ”であって、本質的な経済対策への影響力などは殆ど無いといって差し支えないでしょう。
そこしか、揶揄の対象が絞られていない、外国のジャーナルの方が、実は「あさってを向いている」か
あるいは「意図的な批判攻勢をしている」としか見えません。
…
とりあえず、21世紀のための最低限度の身支度はできた…と言えるわけで、戦後、ようやくもんぺ姿で
闇市場に出かけられるような状態にまではこぎつけたということでしょう。
私が一番に指摘したいのは、21世紀の経済、すなわち私達の生活総体である「生き様」に最も根本的に
必要な、「生き方の理念」がまだはなはだ不十分であるということなのです。
今回の「緊急経済対策」は最低の及第点の65点だとすると、理念提示によってそれが85点位にはなります。
理念提示とは、「21世紀における日本像」をその精神=文化状態、ソフト、ハードの三身一体にて
明示することなのです。
宮沢大蔵大臣から提議されている、「宮沢構想=アジア基金」などは、そうした不可視の理念を具現する
一つの表徴であり、日本政府は理念全体と、その現れである諸々の施策を、単なる経済対策という
戦術的な展開を超えて、表明する必要があるでしょう。
…
次に重要なのは、日本人からここ50年消失させられていった、日本人固有の創造能力の具体的な復活策です。
戦後、是非はともかく、アメリカ及びアメリカンウエイという”正解”があった時代には、上記の
能力は隠されていても、否、非存在であっても、なんとかなってしまうのです。…ですが、今後はそうは
行きません。もはやアメリカも、ヨーロッパも、ましてやアジアもアフリカも、21世紀の正解など持っては
いないわけで、それぞれが独特の地球に貢献できる文化発信をする時代になってきているわけです。
そうした世界の中で何よりも重要なのは、人間に本質的に秘蔵されている「創造する力量」を存分に
開花させるしくみづくりなのです。アメリカ人のほうが創造力に長けているとは思えませんが、何せ
彼らは、個的な創造力の自己開発に”馴れて=訓練されて”いますし、なによりも、「自分が一番で
創り出すことが好き」なんですね。そういう訓練を当然、日本人も徹底的にやり始めなければなりません。
それをサポートするような考え方や仕組みが今回の「緊急経済対策」では極めて不足しているわけです。
…
そのほか、「21世紀の生き様」の視点から、不足していると思われるプロジェクトについて若干の提言を
しておきました。
…
さらに、本来金融は「人と人の可能性に信用を担保して行くもの」という基本原理を、政府のほうから
積極的に金融関係者に指導していただくよう、要望を添えました。
…
今回のようなインターネットによる政府と個人とのダイレクトなやりとりというのは、実に面白く
感慨深いものですね。もしかしたら、情報ネットが政治の形態を大きく変えて行くのかもしれません。
とりあえず、少なくとも堺屋経済企画庁長官にはこうした一個人の意見を読んで頂けるという構造が
すばらしいじゃないですか。
話はそれますが、実は総理官邸にもインターネットの窓口があって、そこにも「ご意見箱」の
ようなものがあります。先日メールを出しましたら、小渕総理から直々に(書いたのは多分事務局でしょうが)
返書を頂きました。マスコミなどが展開する殺伐とした”批判ゲーム”の裏側で、結構面白い状況が出現
しつつあることを私は実感しています。
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全体的にはバランスのとれた効果的で分かりやすい対策となっていると
思います。巷の否定的な意見も表面的には多々出されるとは思いますが、
実際的に1年後位から的確に効果が現れる内容であると思います。
今次の緊急経済対策で触れていない部分について若干意見具申をさせて
頂きたいと存じます。
1 金融システムの安定化に関して
1971年に経験したあの「ニクソンショック」は晴天の霹靂として鮮明に
記憶に残っていますが、あの時点以降、アメリカを中心とした世界の
通貨の裏付けは、既に「物」から無形で不可視の「信用そのもの」に
転換してきております。しかし我が日本ではあいかわらず、信用の担保
と言えば、「不動産」であり、「物」であります。これは日本国民が総じて
いまだに信じている神話のようなものですが、このことが銀行本体にも
あてはまります。
不動産という信用の担保がないと見るや、銀行は一斉に資金回収に
走る始末です。この根本的な原因は、金融システムの根本理念に
信用の担保の置き先に対する考え違いがあるからで、本来は信用担保とは
価値を生み出す、人間(あるいはその可能性)に置かれなければなりません。
もしそうであるならば、今次のような貸し渋りや、強引ともいえる資金回収
などは起こり得ず、こういうときにこそ、「人のやる気」や「将来性」そして
「新しい技術力」等に投資が向くはずです。
これは金融に対する理念形成の話であり、まさにこういう時季に政府の
主導による、そうした新しい理念指導がなされるべきであると考えます。
金融の対策という目にみえる政策だけではなく、是非この機に、
「金融における信用の所在や置き方」について政府からの理念提示を
明確にして頂きたいと思います。
例えば、そうすれば、こういう時代にこそ、「不動産」ではなく「人材」に
資金を先行投資(貸し出し)するような銀行が高い評価を得、かつ優遇され
ひいては業績をあげることができる良循環が、逆転的に発生してくるように
思われます。
2 21世紀型社会の構築に関して
20世紀は”戦争の時代”であったと言っても過言ではありません。
そして戦争のための国家戦略として、食料やエネルギーが
戦略の材料にされてきた悲しい時代でもあります。
環境との調和が重大な課題になっていることも考えあわせて、
是非とも食料とエネルギーが国際的な戦争のための戦略の材料にされないよう
に、
新しい技術や新しい事業創造によって、「自給的生産」が可能になるような
プロジェクトの積極的な推進をお願いしたいと思います。
こうしたプロジェクトの成果としてのノウハウは、21世紀に日本が主導的に
発展途上国に文化として輸出できるものでもあります。
特に食料に関しては、今年のような世界的な洪水や異常気象による
生産の激減や物価の高騰を防げるような、安定的で品質が高く、しかも
廉価な食料の大量生産ができるような技術開発と事業創造が
伴うようなものであること、またエネルギーに関しては、クリーンで
どこででも利用可能な太陽エネルギーや風力、波力を活用する
取り組みが重要であると思います。
…
さらに情報に関して言えば、緊急経済対策で言及されている内容以外にも、
防災に関する官民の有機的なネットワークづくりが必要ですし、
文化創造の一環としてコンテンツを生み出す仕掛けが国としても
必要かと考えます。
…
プロジェクトの中で最も重要なのは、日本人の概念形成力の向上や
主導的立場を自ら創り出せるような人材の育成で、これは
過去50年間の中で、残念ながら日本人の中から明らかに
消失してしまている潜在的な力量です。これからの創造型の社会において、
特にアジアの中で文化的な創造力によってリーダシップを
とるべき若き日本人には、必要不可欠な能力であると言えます。
そうした、無から有を生み出すような、不可視な対象を明確化し
具体化できるような、「自ら何かを生み出せる能力」を醸成できる
人材育成プロジェクトが必要であると考えます。
最も近い道筋は、やはり世界にさきがけるような新しい事業や商品の創造であ
り、
また芸術活動であると思います。
3 世界経済リスクに関して
既にこの10月以降、ヘッジファンドとデリバティブに対する地球規模の
対策の芽が出始めたので少し安堵していますが、まだその本当の結末は
見えていないのが実状であり、おそらくは人類史上初めての大崩壊が
経済的に起こる可能性もあります。それはこれらの、いわば
資本主義経済のアダバナのような存在が扱っている金額が
想像することすら難しい天文学的な額に至っているからです。
ヘッジファンドとデリバティブ対策と同時に、将来的に起こりうる
最悪のシナリオ、即ち100兆円規模の金融崩壊に対する
その対処方法を、是非今のうちから検討しておいて頂きたいと
思います。
全体を通じて
今回の緊急経済対策によって将来の構造的な面がかなり出来上がって
きたように感じます。そして幾分か21世紀の日本のスタンスも垣間見られてき
ました。
ですが、将来の私たちの生き方の全容は、未だ「隠し絵」のごとく
よく見えて来ていないというのが本音です。私自身は、こうした目の前にかかっ
た
精神的な霧こそが、実は日本人のやる気、つまり消費マインドや
経済的な活力を大きくそいでいるのではないかと思うのです。
小渕内閣は「経済再生内閣」であると宣言されました。経済再生
には、「日本の明日の理念の提示」が実は必要不可欠なのでは
ないでしょうか。
緊急経済対策に続いて早い時期に、「21世紀の日本像」の総合的な
提議を政府がなされることを心から期待致しております。
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