1999年-10月19日…21世紀型企業の考察1;ゴーン氏の日産再生プラン…文責;山口泰幸
「嵐の中でも時は過ぎ行く」…。政治・経済のみならずあらゆる既存の枠組みにおける大崩壊現象があいかわらず続いています。
現象的にはこれらの目に見える災厄はもうしばらくは激しさを増すのではないでしょうか。しかし、そういう中でも着実に新しい
世紀に向けていろいろな分野で21世紀的な芽が出始めていることも事実です。具体的な事象を取り上げながら21世紀型の企業の<
ありかたについて、シリーズで考察していきたいと思います。本日のテーマは、10月18日に発表されたカルロス・ゴーン氏の日産
再生プランについてであります。周知のごとく同氏は、ルノー・日産の劇的な提携劇の主役としてこの6月に正式に日産のCOOに就任した
気鋭の欧米型経営者であり、低迷ルノーを数年のうちに大躍進させた功労者でもあります。そのゴーン氏の日産再生プランには
日産社内はもとより国内競合メーカーの経営陣や社員も大いに関心を寄せていたはずです。
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ルノーベルギー工場を一気に閉鎖し、コストを劇的に低減させ、コンセプト・デザイン主導の手際の良い商品開発を進めることによって
ルノーは見事に再生し、最近のルノー車は欧州におけるヒット商品にもなりました。ゴーン氏はその見事なコスト低減手腕を評されて
「コストキラー」なる異名を尊敬を込めて与えられました。必ずしも「コスト低減」のみではないゴーン氏の大胆な再生プランに
国内外の関心はいやがおうでも高まりました。その結果がようやくこの10月中旬に明らかにされたのでした。
結果、「村山・久里浜2工場の閉鎖」、「発注部品メーカー数の約40%削減」、「コストの30%削減」、「グループ全体で21000人の削減」
という、ある意味で予想通り、期待値通りのゴーン氏らしい大胆かつ(痛みを伴う)厳しいプランが表明されました。
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さて、ゴーン氏は発表の中で、「選択肢はほかには無い!」という言葉を用いましたが、冷静に考えれば今次のゴーン氏プランは
1+1=2というような極めて経営者としては当たり前で順当な答えなのであります。おそらくは日本人の企業文化や経営習慣、心情を
おもんぱかって、「選択肢は無い、ゆえに理解し、ついてきて欲しい」ということを柔らかに示唆したのだと思いますが、18日に発表された
再生プランは、「当たり前のこととしてこれをやる。遅いくらいである」と言いきってもおかしくないほど、企業経営者としては
真っ当なプランであります。結論的には今次のプランは明らかに縮小均衡策であり、出血を直ちに止めるための応急処置を含む
必要条件としての経営戦略なのではあります。
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ルノーベルギー工場はベルギー人労働者の解雇という荒療治を伴うものだと聞いておりますが、それに比べればグループ全体で
21000人の2001年までの削減は自然減や新入社員の抑制を含めれば、数字上の印象とは違う緩やかなものとも言えます。
ただし、それだけに、純粋な解雇ではないがゆえに、新たな雇用機会を創出しながら、そこへの再配分を考えていかなければならず、
新たな雇用創造を怠ると、再生プランが足元から揺らぐことにもなり兼ねません。いみじくもトヨタの奥田会長が21世紀の経営を
言及するに当って、「常態的な新たなビジネス・雇用創出を伴わなければ企業経営はおぼつかない」…と明言しているように、
新生日産においても、新しいビジネス・雇用創出を伴う戦略が付帯していなければなりません。そういう意味では既にモビリティ
トータルサービス化に全社をあげて戦略再構築を図り始めたトヨタのほうが、純粋に自動車という本業に改めて戦力集中していこうとする
(それはそれなりに正しいが)日産よりも、ビジネス・雇用創造の観点では、有利な立場に有ると言えましょう。
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ゴーン氏の再生プランから、わたしたちは2つの大きな課題を読み取らねばならないでしょう。ひとつは、この経営戦略としては
当たり前の、否遅すぎるくらいの「必要条件としての経営施策」が、なぜ日本人経営者には出来なかったのかという謎です。
これを単純に日産本体の官僚的体質にその要因を結論付けることはできないでしょう。黒船的な外部圧力によってのみ初めて
目覚めることができる体質が日本のなかにあるとしたならば、ひとり日産のみに適用されるべき問題ではなく、日本の企業群に
総じて投げかけれる、大きなハードルであると捉えねばなりません。地球をベースに活躍する21世紀型企業にはまずもって
乗り越えなければならないハードルと言えましょう。
もうひとつは、今次のゴーンプランが実は「必要条件」であるということです。前述の様にこれはとりもなおさず「血止めのための」
緊急施策なわけですが、21世紀型企業を標榜するには以下のような「十分条件」が重要となります。言うまでも無く、ゴーン氏の
胸中には既にこうしたビジョンがあろうかとは思いますが、先んじて言及しておきたいと思います。なおゴーン氏も既に
コンセプト・デザイン主導型の迅速なる商品開発の重要性についてはいくどか触れています。
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@グローバル大再編後のモビリティ産業の将来像(ボリューム、クオリティ、テクノロジー等)の概観を企業として提示すること。
Aその中での自企業のポジション戦略、およびサービス内容を明示すること。
B自企業の商品の特徴を明示すること。(オリジナリティと強み)
C責任の定義を明確し、過去の経営・商品開発に関する責任を明らかにすること。およびその反映としての人事。
Dコンセプト・デザイン主導を実現できる戦略的組織への再編がなされること。
E実際にコンセプト・デザイン主導の商品開発が実行されること。
F官僚気質を打破するための具体的施策が提示されること。
G環境親和のための抜本的テクノロジーの柱が明示されること。21世紀の企業生存のための必要最低限の保険。
H役員・部長クラスの総世代交代を実施すること。
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ざっと、このような具体的な施策が「十分条件」として求められると思われます。なお、これは日産のみの話ではなく、日産を試金石として
21世紀に向けて新生・再生しようとする、(特に)メーカを中心とした企業群には必要不可欠な「必要」かつ「十分」な経営施策に
なるはずです。
…参考ページルノー・日産…1999-17/Mar
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とりあえず、シリーズ1はこれくらいにしておきます。日産は既に開発銀行から約1000億円という特別借入をしていますが、
それだけをとっても20世紀的な資本主義と企業経営からはすでにワープしつつあります。そしてゴーン氏という新しい指導者を得て
他の多くの企業に先駆けて、新しい道を拓こうとしています。これがどう進んでいくのかは、天のみぞ知るというところでしょうか。
それが昭和初期に、企業利益よりも国策に重きを置いた鮎川義介が創立した日産の宿命なのかもしれません。
日産の再生が成功すれば、多くの追随企業は大いに助かるでしょう。
それは学べるべきことが十二分にあるからです。ここしばらくは日本の先覚事例として日産の行く末を注意深く見ていきたいと思います。