”慧”小論文


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Conceptual- Design- Laboratory

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1999年-10月20日…21世紀型企業の考察2;グローバル・スーパーアライアンス…文責;山口泰幸

”考察1”で言及した日産再生プランは、時代の大きなうねりの中で必然的に生じてきた、21世紀へ向けて企業が脱皮していくための
表徴的な”課題と挑戦”であります。ある意味ではカルロス・ゴーン氏という西欧型経営者がバックボーンとして持っている近代西欧型
企業経営文化と、独特な慣習を持つ日本の企業経営文化との、「衝突」「止揚」「融合」の壮大なプロセスでも有ります。これについては
また別項にて言及しますが、本日はそうした企業の存在基盤を根底から問い返す事象が、この時期起こりつつある状況を別の側面から
考察してみたいと思います。

昨今、自動車産業のみならず、銀行、保険、通信等々の大型基盤(社会の根底を支えるという意味で)産業の大合併劇、連携劇が
マスコミを賑わせていますが、これらも実は上述の日産における企業経営文化の軋轢と同根のものであると言えます。つまり近代に
精緻華麗に花開いた資本主義経済システムとその花形役者である大企業群の両方が、数百年単位の時代の大きな波動に、その存在意義そのものを
揺さぶられているという図式から出てきている、端的な事例であるからです。

10月19日の夜、GMがいすず、スズキと共同で新車開発をするという報道の最後に、大変重要な話がさりげなく語られました。それはGMが
新車生産を、なんと「トヨタ」の工場で行う予定であるというのです。これを聞き逃したひとも多いことでしょうが、実はこれこそが、
現在さかんに進められている自動車産業再編の中核となる事象なのです。今までの再編劇が個々の既存の自動車企業群の個別の事情や思惑に伴う
再編であるとするならば、GM-トヨタの協働体制は、劇的にモビリティサービスの市場の質・量・テクノロジーを大転換していきます。

既に21世紀のグローバル自動車シェア…1999-22/Mayにて述べた様に、21世紀の自動車産業はトータルモビリティサービス
産業として新たな伸展を見せると考えられますが、その21世紀のモビリティ未来像を切り開く端緒が、GM-トヨタ協働にあるといえます。
現況行われている産業の再編の結果がそのまま21世紀の棲み分けバランスになるわけではありません。21世紀の棲み分けバランスは
もっと大規模であり、フレキシブルであり、未だ予想がつけられないようなものがゴールになることは間違い無いでしょう。
自動車産業で言えば、21世紀のモビリティ産業のトップはGMでもトヨタでもなく、別の何かであるといいたいわけです。その端緒が
昨夜のGM-トヨタ協働体制にあるわけです。GM-トヨタ連合を中核とした世界規模の自動車グループが21世紀のトップ企業群になっていく
と考えられるわけで、5月の時点ではまだその兆候は見られませんでしたが、ここにきてその扉が現実に開かれ出したと見るべきでしょう。
これが本日のテーマである、「グローバル・スーパーアライアンス」すなわち文字通り地球規模の企業連携ということで、「グローバル・スーパーアライアンス」
は21世紀の産業・企業のひとつの生存基盤を形成する概念になると予想されます。そして「グローバル・スーパーアライアンス」は
既に諸分野でそれが起こっている様に、自動車産業のみならずあらゆる、近代が生み出した企業群に対する前提条件となるでしょう。
従って、日本における銀行合併の際に経営者が「規模の経済の追求のため」などと古い経営感覚で表層的に自らの合併劇を総括している
のはなんとも覚束ないことで、実態としては、20世紀的に競争力を強化するための大規模化としての合併ではなく、そうしなければ
互いに生き残ることができないゆえの、「自他共に生き残るための、”緩やかな”連携」にほかなりません。

太古、細胞核が敵対関係にあったミトコンドリアを自らの細胞内に包摂することによって、両者の生存を確保した…そういう生命進化
の過程にも似て、20世紀に敵対関係にあった、もしくは激しく競争しあっていた他者と自己が相互の合意により手を携えることで
生命的に進化し、新たな発展の道を探るという、まさにそういう図式なのであります。従って、現状行われている「グローバル・スーパーアライアンス」
は21世紀的産業・企業の生存哲学であり、生きるための必然的な流れであって、表層的に自己のみが他者を駆逐することによって
勝利を得るという、20世紀的な古い価値観=今までの企業戦略、とは根底からかけ離れた流れなのであるということを認識する必要が
あるでしょう。「グローバル・スーパーアライアンス」を前提にしなければ、いくら20世紀に優等な企業であってももはや
生きられないということです。「グローバル・スーパーアライアンス」は「グローバル・スーパーアライアンス」を成功させたところが
一人勝ちし、利益を独占するという構造ではないのです。その証明は数年経ないと明確にはでてきません。数年後、現状優秀な企業の
どれもが「グローバル・スーパーアライアンス」を少なからず行っているはずです。そして最大の証明は、その「グローバル・スーパーアライアンス」
参画企業は「そんなにぼろ儲けはできていない」はずです。それよりもむしろ”適正利潤”の概念の台頭により、「グローバル・スーパーアライアンス」
企業の利潤はシュンペーターの言う次世代の創造のための再投資のために、かつかつ準備できるほどの…そうですね言うなれば「お布施」の
ようなものになるのではないでしょうか。それでも「グローバル・スーパーアライアンス」は進むでしょう。

現代の資本主義経済の構造や企業原理が普遍のものであるとの錯覚を起こしやすいのも事実ですが、既に両者とも社会の進化、人間の
価値観や地球環境の実情に応じて、いとも簡単に変節してきています。つまり、20世紀的な、個別企業の自己利益の極端な追求や
地球環境に親和でない商品開発の許容などはもはや、企業存続のための普遍価値ではなくなっているのです。一言で言えば、
21世紀の産業・企業群は、機械的な集金マシーンという存在から、環境に親和で生命的な存在へと変貌しつつあるということです。
機械的な存在は、その「排他的な存在哲学」によって、他者を排除しつつも自己利益のみを追求できますが、その結果機械的な単独存在の
哲学は地球環境という大宇宙の基本原理から孤立し排撃されています。その打開策が企業の生命化であり、前提条件として受け入れるべき
「生き様」のひとつが、ゆるやかな仲間作りである、「グローバル・スーパーアライアンス」ということになりましょう。

環境会計というキーワードが昨今の企業経営戦略の中心課題になってきていますが、これなども地球上における企業の生命化の一環と
捉えることができます。すなわち、環境会計とは企業が環境親和のために努力すべき内容と実際の出費を明確にするものですが、
これなどは地球という生命体(ガイア思想)と共に生きるための、「企業の地球とのコミュニケーション料金」ということができます。

ことほど左様に、企業の存在基盤そのものが、ここにきて激変してきているわけでありますが、「グローバル・スーパーアライアンス」も含め
21世紀型の企業が踏まえるべき重要課題を明確に認識するために、「20世紀の個別企業は、生きるために地球と共に生命体を形成する」という
視点を持って、次世代の経営戦略を構築していけば、生存のための必要条件は確保されるでしょう。

最後に、21世紀に向かって企業が生命化するならば、必然的に「企業とは儲けるために(のためだけに)存在するのではない」という、
新たな21世紀的な企業哲学が形成されることになります。…時代はもう既に大方が転換しているのです。

  


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