本稿では巨石文化にアプローチする際の重要な方法論について触れてみたいと思う。
「エネルギーの存在」を私たちは知っている。エネルギーの概念については既に物理学で公式に認められたものである。しかし、巨石からエネルギーが放射されている
という概念は一般常識的には確立されたものではないと言えよう。しかし、山好きや巨石好きの”人種”にとっては、巨石やピラミッド山から未知のエネルギーが溢れている
ことは、それこそ「常識的に知っている」。いやむしろ、その放射されるエネルギーを浴びに行くことが主目的ですらある。
ただ、そうは言っても、私たちの物理的な目には巨石から発せられる放射エネルギーは可視光線としては感知できない。
私の知人の中には、”それを”「見えると言い切る」人もいる。また、イメージが頭の中で明確化できると言う人もいる。さらにはオーラーのように色彩変換してみたり、
手で感じ取ったりする人もいる。…しかし私自身も含め、通常は可視光線としては巨石からのエネルギー放射は直接は見ることはできないのである。
「巨石が樹木を育てる」という別項の概念の中で、巨石と樹木の親密なる関係を論じたが、このエネルギー放射についてもどうやら樹木を通して間接的に認識できそうである。
具体的な証拠写真がいくつか集まったのでそれをご紹介致したい。
巨石文化により親しみやすくなると思われるし、何よりも巨石そのものの発見を促進できる。また、巨石だけが単体で存在しておらず、その周囲に独特のエネルギー空間
を形成していることも分かるはずだ。そして「むやみに足を踏み入れてはならない重大な場所」であることも、事前に「見える」と思うからだ。
  
photo copyright (C) 2000 Taizan & CliLabo Hikoshima
「巨石が樹木を育てる」という概念の中で、”樹木は巨石に敬意を払って成長する”という仮設を提示させていただいた。それをもう少し噛み砕いて言うと、エネルギーを
発生させている巨石の傍の樹木は、その巨石と、それが発するエネルギーを意識して成長するということができる。つまり、既に前項で述べたように、長期間で見れば、
その成長過程が”蜜のような流体、あるいはアメーバーのような体”である樹木は、巨石が形成していると考えられる周辺のエネルギー空間の状況に合わせて、その体を
適応させていく=成長していく…と言える。
その結果、物理的表現体としての樹木の成長の姿は目に見えるカタチで=可視光線となって、そのエネルギー放射状態を間接的に表明していることになる。
要するに、言いたいことは、「巨石の傍の樹木の形態は、巨石のエネルギーを表現している」ということで、樹木からわたしたちは巨石のエネルギーを間接的に
可視できるのではないか…ということである。
左の写真は丹後半島籠神社の奥宮である真井神社のご神体である「巨石の塚」の上に繁茂した樹木である。中央と右側は彦島ピラミッド山中にある異なる二つの
巨石と樹木のセットである。
これらの写真からも「巨石が樹木を育てている」という状況があらためて認識できると思うが、さらに重要なことは、異なる三つの樹木が全く同様に、天空に向かって
同じような角度(60度くらい)に放射状に広がりながら成長していることだ。写真からその状況は一目瞭然であると思う。
厳密に計測すれば、樹木の一本一本は上方に向かって、「螺旋状に放射」しているのではないかと想像される。
エネルギーの放射は直線的になることは先ず無いだろうから、回転や螺旋状に放射されていることは間違いない。それを体現している樹木のカタチは理屈の上では
螺旋状に曲がりながら成長しているはずである。
 Copyright(C) 2000 Taizan
「籠神社シリーズ」でもご紹介した、私の真井神社におけるエネルギー放射の感覚的イメージ図である。これは概念図なので、現場においてこれに近い状態で成長している
樹木が見つかれば、可能性として「巨石の存在(付近か地下)」と「エネルギー放射スポットの存在」が確認できるだろう。可視光線しか物理的に見えない通常の人体
では、かなり有効な方法論といえると思う。だいいち、「樹木が巨石の在りかを教えてくれる」という方法論は自然と一体としていて…上品であると思うのだが…。
巨石文化ファンの皆様からの”現場写真”の報告をお待ちします。
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