Copyright(C)2008 all rights reserved by Taikoh Yamaguchi
全ての画像には著作権があります。画像の無断使用をお断りいたします。

本宮山国見岩・岩戸神社

Hongusan-Kunimiiwa&IwatoJinjya ; aichi


泰山の古代遺跡探訪記
Presented by… クリックで---
プロデューサー;概念デザイン研究所へ---
コンセプチュアル・シンボル
”創造のピラミッド” Gainendesign-Labo.


本宮山国見岩・岩戸神社(ほんぐうさんくにみいわ・いわとじんじゃ)愛知県豊川市上長山町本宮山

 本宮山には大きく二つの見所がある。ひとつは別項でも紹介している砥鹿神社奥宮。 もうひとつがここで紹介する国見岩・岩戸神社である。

 本宮山の山頂は林立する電波塔によってその神聖さが失われつつあることが極めて残念なことであるが、本宮山自体もかなり大型の ピラミッド山ではないかと考えられる。そして、その大きな構造体の中の重要な部分として、砥鹿神社奥宮周辺と、国見岩周辺が存在する。
 山頂直下の公園・駐車場を起点に、両者は左右に分かれている。また、公園付近は霧が出やすいためか道が分かりにくい。
 実は、私も国見岩に行きかけて、道を間違えたのかと錯覚し、そのまま引き返して砥鹿神社奥宮方向へまず行ったのである。だから 同じ本宮山に2度ほど出かけ、わざわざ国見岩を2度目に探訪したのである。

 しかし、それほどの価値は…どちらも当然あるのだが…。

 草鹿砥公宣卿ゆかりのモニュメントに着いたのは午前7時だった。私の旅にしては珍しく小雨が降りはじめ、濃い霧が立ち込めた 公園は数m先も見えぬ、乳白色の世界であった。
 2度目の訪問ではまず道を間違えることはない。私は躊躇することなくその乳白色の世界の中に入り込んでいった。
 国見岩は巨大な岩魁の頂上部分であって、実はその下方に岩戸神社なる神聖な陰の空間が存在する。 そこには大己貴命が祀られている。
早朝ということあって、岩戸神社周辺には私一人しかいない。まさに幻想のような世界の中で、国見岩と岩戸神社の重さを堪能させてもらった次第である。
 そして1時間ほどの探訪を終え、本宮山頂上公園に戻った頃には案の定霧は晴れ、雨は上がり、薄日さえ射してくる状況だった。 岩戸神社のような陰の空間とは…まさに”そういうもの”なのだとつくづく実感したのである。

参考資料;『ピラミッド山の具象構造と概念構造』
岩質に関する情報提供; 湯畑野秀明さん


探訪;2007年7〜9月 記;2008年1月 泰山





写真001

草鹿砥公宣卿ゆかりのモニュメント;みちのりの前に着いたとき、そこは乳白色の世界だった。



写真002

モニュメントの説明書き。



写真003

公園の南端にある、国見岩・岩戸神社の赤い鳥居。これが入口である。



写真004

公園内に掲げられた岩戸神社案内図。あくまでも岩戸神社のみを掲載している。 ポジション的には南から北を見た状況を描いてある。看板は南向きなので、イメージが湧きにくい。
1度目の探訪では、ここで錯覚してしまった。



写真005 

赤い鳥居から10分弱ほどで何かを囲った柵が見えてくる。入口からはかなり下る感じである。 柵の中の飛び出している巨石が国見岩である。



写真006 

国見岩の前の道標。「右;女坂、左;男坂」とある。



写真007

国見岩本体。別名「天の磐座」



写真008 

国見岩の左手を下る”男坂”はかなり急峻で鎖道である。とりあえず男坂を少し降りて見た。
実はこの岩魁が国見岩の全容なのである。柵で囲われた国見岩というのはほんのその一部なのである。



写真009 

巨大岩魁の国見岩の下部にある巨石の踊り場。



写真010 

そこに入ってみた。それ以上は下り坂が急すぎるので…その日の午後の工程も考慮して安全策をとり、 ここで道標まで引き返した。



写真011 

比較的緩やかという”女坂”を少し下ったところ。振り返って撮影。石段があるので降りやすいが それでも勾配は急峻である。



写真012 

女坂を岩戸神社へと下る途中に現れる大岩壁。



写真013 

途中、注連縄の張られた磐座もある。



写真014 

大岩壁から崩れた岩と思われる。



写真015 

続いて巨大岩魁が再び現れる。



写真016 

板状の巨石が見えてくると、岩戸神社はもうすぐだ。



写真017 

岩戸神社そばの陰の空間。



写真018 

これが、大己貴命を祀る岩戸神社。別称;奥の院。見事な三角形の岩戸空間が形成されている。 不動明王像が置いてあった。



写真019 

男坂からこの岩盤を鎖伝いに降りてくると岩戸神社に到着する。やはり男坂は生半可ではない。 この鎖道が先ほどの国見岩あたりから延々と続いているのである。次回の探訪時には必ず男坂に 挑戦するつもりでいる。



写真020 

岩戸神社前から、降りてきた女坂を振り返ったところ。



写真021 

岩戸神社と男坂を見たところ。小雨という天候のせいもあってか空間のイメージは終始 「ほの暗い」感じが漂っていた。快晴下であればまた違った空間の印象を持ったかもしれないが、 代表的な陰の空間である岩戸にはぴったりの雰囲気だったように思う。
本宮山全体が大型ピラミッド山であるとすると、この岩戸神社がピラミッド山の陰の構造をなしていると思われる。
国見岩はその名の通り、その頂上から三河一帯を見下ろすことができた(今は樹木がうっそうとしている)重要な磐座であるが、 陰の空間を形成する岩戸神社は本宮山の最重要ポイントになることは間違いない。
岩戸内部には少なからず人工痕跡を観察することができる。 ちなみに、岩質は、地球物理学的に「高温・低圧型」で形成された領家変成岩(領家変成帯)といわれるものである。 岩戸内部には赤褐色の岩肌も見えている。
領家変成岩の原岩は泥岩あるいはチャートであるといわれている。 ちなみに渥美半島にはチャート岩質が多く見られるが、岩戸内部の岩質は渥美半島のチャートを彷彿するものがあった。 また、本宮山付近には、白亜紀に領家帯に大量の花崗岩貫入があるので、一部花崗岩が磐座として存在している可能性も高い。



写真022 

これから探訪する人のために全体イメージを描いておいた。
いずれにせよ、国見岩・岩戸神社と砥鹿神社奥宮とは同じ本宮山でありながら 別の対象であると考えた方がよいだろう。
図のようにアプローチルートも全く逆である。麓からハイキングルートも整備されているようなので、 時間がある人は麓から砥鹿神社奥宮を目指して登り、本宮山頂から公園を経て国見岩・岩戸神社へと降り、もういちど国見岩の所から麓へ下る のがよいのではないだろうか。


泰山の古代遺跡探訪記topへ