椿大神社(つばきおおかみやしろ) 三重県鈴鹿市山本町1871番地
神巡りの軌跡…日本の美しき神社
Jinjya(shrine) & sacred Rocks椿大神社
tsubakiookami-yashiro; mie
泰山の古代遺跡探訪記
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Gainendesign-Labo.
椿大神社は伊勢国一宮であり、猿田彦大本宮とも言われる。御祭神はすなわち猿田彦大神(さるだひこのおおかみ)。
背後に神山の高山入道嶽(たかやまにゅうどうだけ)906mがあり、その頂上には巨石の磐座がある。
御在所岳に登る前に、ここに参詣した。
『御創立の由来』…椿大神社の栞より
伊勢国鈴鹿山系の中央麓に鎮座する椿大神社は、往古時代、只今の神社の背後にそそり立つ高山入道嶽、短山椿ケ嶽を天然のやしろとして、
(神代の神跡いわくら現在)高山生活を営まれたクニツカミ猿田彦大神を主神とし、相殿に皇孫瓊々杵尊、栲幡千々姫命を祀り、
配祀に天之宇受女命・木花咲耶姫命を祀る。
神話に伝わる天孫「瓊々杵尊」降臨の際、猿田彦大神、北伊勢道別の里なる地祗本陣を
旅立ち給ひて天の八衢に「道別の大神」として出迎え、風ぼう雄大、超絶した神威を以って恙なく天孫を高千穂の峯に御先導申し上げた
事で肇国の礎を成したこの大神を、後に人皇第十一代垂仁天皇の二十七年秋(西暦紀元前三年)倭姫命の御神託により、磯津(鈴鹿川)
の川上、高山短山の麓、土公神陵の前方御船磐座辺りに、「道別大神の社」として社殿を造営し奉斎された日本最古の神社であります。
仁徳天皇の御代、御霊夢により「椿」の字をもって社名とされ現在に及び、昭和の始め内務省神社局の調査により、全国二千余社の
猿田彦大神をまつる本宮であることが明かとなり、「地祗猿田彦大本宮」と尊称されております。
『御祭神』
主神 猿田彦大神(さるたひこのおおかみ)
相殿 瓊々杵尊(ににぎのみこと)
栲幡千々姫命 (たくはたちちひめのみこと)
配祀 天之鈿女命(あめのうずめのみこと)
木花咲耶姫命(このはなさくやひめのみこと)
前座 行満大明神(ぎょうまんだいみょうじん)
探訪;1995年8月 記;2008年1月 泰山

写真001
鈴鹿市山本町の案内板。

写真002
椿大神社の入口。

写真003
入口傍にある庚龍神社。

写真004
椿大神社の参道入り口にある獅子堂。
聖武天皇の勅願により奉納された獅子頭に由来して名づけられた。通常は、交通安全祈祷、車輌清め祓いが行われる。

写真005
椿大神社の境内の案内図。

写真006
弐の鳥居。

写真007
杉の大木と三の鳥居。

写真008
四の鳥居をくぐり、歩いてきた参道を振り返る。

写真009
境内にある苔むした杉の巨木。

写真010
物静かな佇まいの中に、天に向かう迫力がある巨木群。

写真011
椿大神社本殿。静謐な空間に威厳のある姿である。

写真012
本殿前に敷き詰められた大振りの石が、小雨にぬれて、非常に心地よいのであった。

写真013
椿大神社本殿。

写真014
境内からの本殿。

写真015
社務所。

写真016
境内。

写真017
椿岸神社。
猿田彦大神の妻神・天之鈿女命(あめのうずめのみこと)が主祭神として祀られており、全国の天之鈿女命の総本宮でもある。
芸道の祖神として信仰され、また鎮魂の神、夫婦円満の神、縁結びの神としても崇敬されている。

写真018
椿岸神社の内部。
主神 天之鈿女命(あめのうずめのみこと)
相殿 太玉命(ふとたまのみこと)
天之児屋根命(あめのこやねのみこと)

写真019
椿岸神社には鈴の替わりに、大きな木の鉢が置いてあった。これを叩いてから参拝する。
ちなみに、鉢には「天之宇受女命」と書かれていた。

写真020
霊石御船石座(みふねいわくら)の碑。

写真021
御船石座前の鳥居。奥が御船石座。
謡曲「鈿女」に謡いこまれる神代の神跡で、天孫瓊々杵尊一行の御船がここに繋がれ、 この地より九州に御先導されたと伝っている。

写真022
注連縄で囲われ、白石が敷き詰められたところに3つあるのが御船石座。

写真023
参道中程にある土公神・猿田彦大神の御陵(周囲300メートル、幅凡50メートル、高凡20メートル)とされるマウンド。
猿田彦大神の御神陵としては島根県佐田岬にある神名火山頂上の磐座という説もある。私はその説を支持したい。大神の鎮まる
所としては、このマウンドは小さすぎる。スサノウ、ニギハヤヒと同時代の大神であれば、やはり神山の頂上磐座というのが
相応しいと思うのである。ただし、椿大神社の奥宮がある背後の高山入道ヶ嶽がどなたかの御神陵である可能性もあろう。

写真024
土公御陵の傍らにある地球儀を模した球体の石碑。

写真025
境内にある鈴松庵。
この茶室は庭園とともに、故松下幸之助が茶道の発展を祈念して寄進したもの。
鈴鹿の"鈴"と松下幸之助翁の"松"をもって鈴松庵と命名された。

写真026
鈴松庵由来の石碑。近くには幸之助氏を祀る神社もあった。

写真027
天然記念物の亀甲石。

写真028
亀甲石の表面拡大写真。おそらくこの線刻状の表面から亀甲と名付けられたと思われるが、
天然記念物というよりも人工的な線刻ではないのだろうか。

写真029
椿大神社に向かって左側より背後の高山入道ヶ嶽に登る登山道がある。この日は生憎山頂付近に雨雲が垂れこめて
山頂は見ることができなかった。

写真030
椿大神社を離れ、菰野に向かう途中振り返った高山入道ヶ嶽。
高山入道ヶ嶽は神社から見て左に短山国見岳(ひきやまくにみがだけ)と右に短山椿嶽(ひきやまつばきがだけ)を侍らす。
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