古峰ヶ原心象紀行3;巨石の森美術館-2
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泰山の古代遺跡探訪記
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”創造のピラミッド” Gainendesign-Labo.


古峰ヶ原は全体的に光が溢れる”心地よい”場所である。歩きながら、ふと岐阜にある磐座の森を思い出していた。磐座の森にも燦燦と太陽が降り注いでいた。 それだけで気分が実に充実してくるのである。ここも同じだ。巨石を味わうには最高の場所のひとつだろう。

”巨石の河原”を抜けると道がなだらかになり、辺りが一段と明るくなってきた。背の低い熊笹に覆われた広場に出てきた。まだ若い樹木が間をおきながら 立ち並んでいる。その情景はまるで軽井沢の別荘地といったところだ。その広場に点点と性格のことなる巨石が”置いてある”。そこは山道からかなり奥に 入りこんだ、あまり人が踏み入れないところだ。にもかかわらず、箱根の森の美術館のように非常に整然と巨石達は”置かれている”のだ。

2000泰山記

2010 高精細画像に置換え+補足



いままで訪ねた巨石の殆どに、日の光が関係していたが、この古峰ヶ原は本当に明るいのである。特に今居る広場はすこぶる明るい。それには理由がある。 樹木が若いからか、細くて背が低く、太陽光線が直に入ってくるからだ。
通常巨石には大木がつきものである。つまり巨石が樹木を”育ててしまって”、 大木になってしまうからだ。そういう巨石と大木のセットをいくつも目撃してきたこの目には、古峰ヶ原の広場の光景は不思議この上ないものに映る。

先行探索をしてくれた工藤さんがいなければ、この広場を発見するまでに多くの時間が必要だったと思う。かれに促されてその広場で見せられた驚異の巨石が これだ。



形態的には『畳石』のような軽自動車ほどの大きさもある巨石で、驚いたことに”層”をなしている。明らかに上の写真の巨石とは違う。雨による侵食が 真横に入るとは考えられない。また亀裂が多層に奥深く入っていて、おそらく剥離するのは簡単な様に思えた。しかもそのかたちが殆ど長めの弁当箱の様で 人工的な造形を強く匂わせている。その後方には、その広場にはにつかわない、密集した樹木があり、この巨石の周辺からかなり高いエネルギー放射が あるのではないかと思われるのだ。

”樹木が石を割る”という通説があるが、これまでの実地見聞では、「そういう痕跡はない」。むしろ”樹木は巨石に敬意を払っている”。したがって、 巨石から力を貰い受けながら、巨石に迷惑を掛けない様に成長している。つまり樹木が巨石を割ることは無く、包み込むか、廻りこむという認識が重要だ。 言葉を替えれば、樹木は”巨石の表現体”なのである。だから、樹木の状況からその巨石の意味や力を推測することができる。 写真は、数十年は加齢しているであろう樹木を載せた巨石であるが、それでも鋭利なラインは残されたままだ。ちなみに、この巨石は非常に人工的な ラインと曲面を持つ巨石である。





古峰ヶ原の広場も終わりに近づく頃、工藤さん一押しの巨石を見せてもらった。10畳以上の大きさをもつ、『凹面鏡』のような巨石で、文字通り、上面が凹面 になっており、単純に割れた!?…ということでは済まされない凹面の美しさが印象的なのだ。

古峰ヶ原には少なくとも2種類の巨石が存在している。ひとつは他の場所でも良く見かける花崗岩の巨石。もうひとつはこの写真のような亀裂痕が激しい巨石である。 そして非常に悩ましいことは、それらが同じ場所に同時に存在していることだ。そこに強い”意図”を感じざる得を得ない。 また最後の写真でわかるように、亀裂痕が激しいにもかかわらず、それは「直角を形成」していて、しかも二つの面は完璧にフラット面である。 古峰ヶ原にはこのように2重、3重のテクノロジーが”隠し絵”として存在している。

続く…


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