尖石遺跡、金生遺跡、鳴石

Vestiges near Suwa Togari-Ishi,Kinsei,Naru-Ishi

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泰山の古代遺跡探訪記
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コンセプチュアル・シンボル
”創造のピラミッド” Gainendesign-Labo.



諏訪周辺の後編をお届けします。 諏訪大社と万治石の特集でご紹介した諏訪周辺のマップをもう一度ご覧下さい。 万治石と関係していると考えられる高ボッチ山あるいは鉢伏山から辰巳の方角 遥か遠方に富士山があり、そのライン上に尖石遺跡と金生遺跡があります。 そのラインにほぼ直交するラインが諏訪大社上社のご神体山である 守屋山と雨境峠にある鳴石を通ります。大きな図式の上にこれらの 重要なポイントが配されていると考えてよいでしょう。
金生遺跡;これほどの素晴らしい「イヤシロチ」に遭遇したのは生まれて初めてです。 イヤシロチとは地の高みを結ぶライン上に存在する良質なエネルギーに満ち溢れる ところのことですが、金生遺跡はため息の出るほどのイヤシロチです。 古代人でなくとも、この地に立てば、あまりの心地よさに住み着きたくなります。 金生大地から遥か遠方に富士山を見出したとき、思わず「最大のヒラミツトは やはり富士山か…」とつぶやいてしまいました。富士山を大神殿に見たてて、 諏訪、甲府周辺域の聖山を中神殿に置き換えてみると、一大パノラマが描かれます。




蓼科第二牧場の脇に地味に紹介されているのが「鳴石」(なるいし)。 地元の紹介では古代祭祀の跡とある。 この付近は雨境(あまざかい)峠といわれ、原義は「天境」と考えられている。 鳴石は実際に叩くと「コーン」と鐘のような音がする。いい音だ。



直径は約2m。土台の石の上に半球状の石が笠のようにかぶさっている。 上部の石は明らかに人工的に加工されたと言える。 上下の石の間にはかすかな隙間が有り、これが良質な音を創り出しているようだ。



上の石は半球なのだ。触ってみるとほんのり温かい。 まるで「セラミクス」の触感と音色なのだ。



これが上下の隙間だ。1〜2cm程度しかない。



ご多聞に漏れず、石の側には古木があった。



鳴石から数mのところにある別の石。大きさは鳴石と同程度。



その石の表面には紋様あるいは文字らしき痕跡があった。



鳴石から尖石遺跡に向かう途中に見えた「何かを感じる」小山。 実際にはこの小山の付近に尖石遺跡があるのだ。



「尖石様」と呼ばれた尖石遺跡の主役;尖石。 遺跡の名称はこの石から来ている。 この石のすぐ側から遺跡が発掘されている。



高さ約1mの小振りの石なのだが、祭祀に使われた重要な石なのだ。



笠置山のピラミッド石を彷彿させる形態だ。 この石に古代人が記した痕跡が歴然とあるのだ。 尖石の側にも大きな古木が数本あった。



この方角に諏訪大社上社のご神体守屋山がある。



尖石遺跡に隣接する縄文時代の「与助尾根遺跡」の復元。



諏訪を後に、甲州の谷戸にある金生遺跡を訪れる。 八ヶ岳を背景に遥か東南に富士を望み、金生大地には光が溢れている。 これが金生遺跡の全容だ。現在はきれいに復元されている。



後方に八ヶ岳が聳える。素晴らしいイヤシロチなのである。 古代遺跡ファンには是非訪れて貰いたい所だ。 イヤシロチの良質なエネルギーを体感するには最高の場所である。 中央の石組みはストーンサークルだ。



八ヶ岳の美しさに見とれながら、何気なく振り返ると、 そこには確かに、あの霊峰富士の姿がそこにあるのだ。 ここに暮らしていた古代人はきっと幸せであったに違いない… と思いは巡るのであった。いけば分かります。 右の写真は富士山の拡大図。肉眼では100倍美しく見える。


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