in Okayama Pref. /brilliant pyramid of Kumayama
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『泰山の古代遺跡探訪記』Topページ
泰山の古代遺跡探訪記 Presented by…
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JR山陽線の熊山駅。
鈍行列車しか止まらない田舎の小さな駅だ。
後方の山域の最奥に熊山遺跡がある。
熊山遺跡まで駅から徒歩だと2時間はかかる。
国指定の熊山石積遺構についての看板。
これが熊山遺跡の全容である。

別名、階段状ピラミッドのゆえんである。
岩盤を含めた基底部の基段の上に3段の石積がなされている。
大きさは基底部が10m四方、高さ3m位。
2段目には「がん」と呼ばれる凹穴が4つある。
最上段には縦穴があり、ここに陶器や巻き物が
納められていたという。
基底部分の石積み。
熊山遺跡の裏側。
巨大岩盤の磐座を横から見たところ。

前述のようにピラミッドとは太古日本の「ひらみつと」の転化と考えられる。
ひらみつととは光が満ち溢れるオオヤシロのことだ。
古事記の中で出てくる天の御柱弥廣殿もひらみつとと考えられる。
熊山遺跡を参拝して私にはその意味が実感としてよく分かった。
探訪の前日まで大雨にみまわれた熊山遺跡が、私の目の前で輝いている、
丁度頭の真上に来ていた太陽の直下の光を浴びて、遺跡も森も大地も光り輝いていた。
この感触は写真では少ししか伝わらない。むしろ右のイメージの方が正確に描写している。
案内してくれた不思議な人物、嘉数氏。
熊山遺跡の参道途中にある熊山神社の鳥居。

熊山神社本殿。昔は熊山権現社であったそうだ。
今でも神社としての品格は非常に高い。
春には大祭が執り行なわれる。
あまりの格式の高さに膝まづいて参拝する人もいるそうだ。
案内してくれた嘉数氏も膝まづいて拝んでいた。
この熊山神社の凄いところは、周囲に摂社を8基位配置し、
しかもそれらの摂社の祭神がただならぬ大物であるのだ。
また、本殿のぐるりを土塀で囲んだ様式ははじめてみるものだ。
熊山の熊(クマ)は言うまでもなく、97年度のキーワード2
である熊野に関連している…と見なせる。

児島三郎高徳挙兵の跡。
足利尊氏と対抗すべく新田軍と謀り
児島高徳が挙兵したときに腰をかけた岩。
この話は1336年であるのでつい最近の話だ。
問題は腰をかけたこの岩である。
この巨岩は先述の熊山神社の境内にある。
この岩のほかにも夥しい岩のかけらが境内にあった。
山の配置からして私にはここが拝殿山で
熊山遺跡があるところが本殿山に思えた。
いずれにせよ拝殿山としての熊山神社域も
巨石とエネルギー溢れる素晴らしいところである。

本殿右側に2基の摂社が見える。
これと同様な摂社が本殿の後ろと左にもある。
興味深いのは摂社が円形に配備されていることだ。
これは頗る珍しい。

吉井川を挟んで熊山の対岸にある石生地域。
石が生まれると書いて、「いわぶ」と読む。
姫路の生石(おおしこ)も珍しいが、
石生(いわぶ)も負けず劣らず珍しい。
しかも近隣にこうした名称があることが興味深い。
案内人の嘉数氏が石生の山を見ながら
「本当に石がうまれるんですよ」と意味ありげに言っていた。
小さい頃には近づけなかったとも言っていた。
2007年4月;地元の方のご指摘に基づき…「いしぶ」を「いわぶ」に訂正します。
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瀬戸内、吉備周辺を訪れる際には石の宝殿、白石島、そして
この聖なる熊山に是非参拝して頂きたいものである。…たいこう。
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