in Tochigi Pref. /Nakusa Megalith 2
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いまだからこそその全体像が明確に把握できているものの、名草の巨石群を訪れた当日には
一体全体自分がどこからアプローチをしているのかがまったくわからなかった。
第一部で報告したように、神社参道前の茶店の脇を抜けてさらに細い山道へクルマで入っていった私は
結局、山をぐるりと一周して山を下るカタチで、実は奥の院から見ていったのだった。
山の中に忽然と存在する不思議な巨石群ではあると…帰路につきながらもなにか今一つ釈然としないものがあった。
クルマで来た道をぐるり戻り、茶店に戻った私は、あらためて厳島神社へ参拝をして帰ろうと考えた。
大きな鳥居をくぐって比較的急峻な山道を歩くこと10分。「名草の巨石群へ200m」とある。
傾きかけた太陽を気にしながらも引かれるように厳島神社へと足は向かう。
…と、見覚えのある小さな鳥居が見えてきた。むむっ。なんだ今戻ってきたところではないか!
なるほど、私は「もう一度参拝してから帰るように呼ばれたのだ…」。ひとつは全体像を見るために。
もうひとつは、いつになく”別件で頭をとられていた私”へのお叱りである。…たしかに!

午後四時の厳島神社には既に人影も無く、せみ時雨の中で、一人あらためて巨石遺構の重みを感じていた。

お供石の表面。

お供石の背後に鎮座する厳島神社の横からさらに山道が小川に沿って上に伸びている。
その山道を少し登った所に合った二つの丸い石。

山道沿いの森の中には比較的大きな岩が転がっている。
この石は花崗岩だと思われる。

巨石の上に育った杉の木。

六畳間位の大きな平たい巨石の上に根を張った杉。
この巨石は割られている。…石工のノミ跡はない。

かなり樹齢のいった杉と根元の巨石。
森が育っていなかったころを想像すると、おびただしい巨石が露出していたようだ。

これが名草巨石群中最重要ポイントの奥の院の磐座である。
この磐座遺構は奈良県の大神神社の三輪山頂上にある奥津磐座を彷彿とさせる。
しぶくて良い巨石なのだ。それにいまでも息づいているのがわかる。

人工的に積み上げられたと考えられる底が平坦な笠石。
先ほどの山道沿いの丸い巨石とこうした鋭利で極めて平滑な面を持つ巨石が混在しているのが
ひとつの”人為あるいは神意”の表出ではないか。

奥の院の磐座に設けられた石の祠。

御船石

磐座に張り付くように育った高齢の樹木。

笠石(一応そう呼んでおく)を横から見たもの。

厳島神社表参道沿いに合った「亀の頭(のような)石」
この巨石は裏側から見ると花崗岩ではなく堆積岩であった。

表参道にある岩盤。あきらかに堆積岩である。全長1.5Kmの花崗岩塊の風化作用と
花崗岩の柱状摂理という点において、名草の巨石群は天然記念物に指定されている…というのだが。
山全体は堆積岩によるものであって、名草の巨石群一帯にのみ花崗岩が表出しているように思えるのだ。

表参道沿いに並べられた丸い巨石。

山の構造である堆積岩。あきらかに花崗岩ではないのだ…。

これに良く似た巨石が五葉山神社入り口に「畳岩」としてある。
巨石遺構の山道中にはこういった平べったい石が良く見かけられる。
ということは、やはり名草巨石群はそれだけの存在ではなく、
典型的な巨石配置;たとえばこの石のような祭壇石、天岩戸、奥の磐座等々を備えた
優れもののヒラミツト体系とみなしうるのだ。

群馬県に「櫃石」という有名な巨石があるがそれに本当に良く似た巨石。
カタチ的には「海がめ石」とでも言いたくなるような形態である。

2度目の参拝を終わり一息つこうと、かの茶店でかき氷をほおばっていたときである。
ふと見上げると美しい稜線のピラミッド山があるではないか。
名を尋ねても不明の名も無きこの山ではあるが、ちょうど厳島神社の奥の院の延長線上に
このピラミッド山があるのだ。おそらくこの山の頂上には太陽石らしき巨石が絶対にあるはずなのだ。
名草ヒラミツト体系はこれですべてが揃った。
最初から厳島神社の表参道からアプローチをしていたら、きっとお供石の大きさだけに感動し
帰った来たことだろう。奥の院にも行かず、そしてこの山の存在も知らずに…。