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泰山の古代遺跡探訪記---国内情報コーナー

下北に眠る立石大明神
Copyright(C) 2001 by Murakami-Taro & Taizan



泰山の古代遺跡探訪記
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横浜在住のM太郎さんが、ご両親と一緒に山を掻き分け本州最北端の下北風間浦に立石大明神を探訪された。
その貴重な探訪記をご紹介する。夏は草が生い茂り、道が殆どわからないということで、数ヶ月時期を待ち、ようやく
今秋目指す立石大明神にたどり着けた。地元のご協力もいただきながら、晴天下の巨石探訪は成功裏に終わったようだ。

下北半島風間浦の立石大明神(灯明岩)伝説…「陸奥の伝説」より(一部省略)

桑畑の立石大明神
管ノ尻(桑畑)の川沿えをニキロ程登ると、急斜面の地面から高さ二十五米、幅八米、 奥行十米位の巨岩が垂直に切り立っている。…
享保六年は今から270年前のことであるが、当時、管ノ尻の前沖は鯛が獲れる漁場でもあったと記されている。 (風間浦村誌)
漁師たちが立石大明神として崇め祀るようになった年代は不明であるが、桑畑や管ノ尻に居住する前から、この前沖で鯛漁をしていた漁師た ちは、立石を目印として漁をしていたことは充分考えられる。

また、立石大明神(御神体は巨岩)の根元に小祠を建立していて、5月8日には桑畑ばか りでなく、易国間の漁師や信者も「奉納立石大明神」と墨書きした小旗を持って参拝したあと花見をしたという。

昭和45年頃から易国間の漁師や信者 は、易国間川上流(トジフヂ)の龍神様に参拝するようになって、立石大明神に来なくなった。

現在は、桑畑の漁師や信者と、学校で児童達が自分の 希望や願い事を色画用紙などに書いて、先生の引率で花見を兼ねて持参するようになったという。

立石大明神は、桑畑の漁師からは海の守護神として 崇められ信仰されている。
前沖に出て漁をしていると霧がかかって方角がわからなくなるときがしばしばある。漁師は、立石大明神らしき方角に向って、「 霧のため方角がわからなくなりました。
立石大明神なにとぞ我に方角を教えたまえ、救いたまえ」と何回も祈願しているうち、不思議にも遠くの方にぼんや りと神光が見え、その方角を目指して来ると管ノ尻の浜へ入り助かったものだと伝えられている。

以下は太郎さんの取材記を基に泰山が作成し た見聞録です。





風間浦村の教育委員会の先生と村会議員がわざわざ案内をしてくださった。
立石様に近づく道が、今ではまったく無いことに驚かされる。
先生方は鉈や鋸で背の高い草をなぎ倒しながら、道をつけて進んで行く。
そのあとを追いながら、急斜面を登って行く。景色はかなりよい。
20分 も歩くと木陰から立石様の御姿が見え始める。思わず歓喜の声が出てしまう。
美しい小川を抜けて少し行くと、第一ゲートとおぼしき赤い鳥居が現れた。





Copyright(C) 2001 by M-Taro













傍らを流れる清流。






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木陰から見え始めた立石大明神。
高さが25mあるという。
そしてその頂上には、長崎五島列島の 王位石と同様な豆腐型の巨石が載っている。

広島のうが高原の塔岩に形態的には似ているものがある。









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眼前に現れた巨大な岩石の塔;立石大明神。高さ25m、幅8m、奥行き10mの超巨大な岩。
その圧倒的な存在感は五島列島の王位石を凌ぐ。
暫く呆然と立ち尽くしてしまう。
側面をよく見ると何者かに 精巧に加工されたかのように角が直角になっている。
回り込んで見てみると、カミソリの刃一枚も入らないようにカギ 状に巨岩が組み合わされている。
下の祠は、立石様に上って降りられなくなった若者が、立石様にお願いして降ろして もらう代わりに
立てる約束をして立てられたもの…という言い伝えがある。










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高さ25mはある立石大明神の頂上に”載せられている”豆腐型の巨石。
この巨石が”光った”のではなかろうか。












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側面上部の巨石の組み合わせ。









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カミソリの刃も入らないほど密着された巨岩の組み合わせ。










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立石大明神へと上るルートの麓にある山神社。






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立石大明神への登坂中に得られる絶景。
海原は津軽海峡、その向うには北海道亀田半島の恵山がある。






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その鳥居を振りかえれば、易国間の海が広がる。





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山神社に置かれていた丸石。






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村上太郎さん、ご両親様、地元の皆様、ほんとうにお疲れ様でした。
立石大明神を前に呆然と立ち尽くしてしまうのがよくわかります。本当に凄い巨石ですね。
五島列島の王位石は巨石文化ではおなじみの花崗岩による建造物だと思いますが、
この立石様はどうも花崗岩ではなさそうですね。それに巨石というよりは巨大岩盤を加工したもの
のようです。宮城の”七つ森”や三重の”花の窟”などにも巨大岩盤を加工したと思われるものがありますが、
溶岩のような粗い岩肌でこのように切削面や組み合わせがあるものは珍しいと思います。
数十年前に龍神信仰からこの立石大明神が山中に忘れ去れてきたことは偲びがたいものがありますが、
こうしてホームページで多くの巨石ファンに見て頂ければ、きっと立石様にも喜んでもらえることと思います。
長崎の王位石もそうですが、下北の山中に密かに眠っていた立石大明神のような巨石が世の中に
何かを訴えかけるかのように我々の目の前に姿を現し始めている…ということが時代認識として重要なのではないでしょうか。
参拝ルートが整備され、立石様がより身近な存在になることを祈念します。
…泰山

太郎さんにコンタクトを取りたい方は泰山までその旨ご連絡下さい。



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