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磐岩(いわむら)神社の巨石

in Okayama Pref. /Iwakura @ Iwamura Jinjya



泰山の古代遺跡探訪記
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コンセプチュアル・シンボル
”創造のピラミッド” Gainendesign-Labo.


Copyright(C) 2004 byMurakami Tarou

神奈川県の村上太郎さんからの情報提供です…

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神奈川県在住の村上太郎さんから、岡山県金光町にある磐岩(いわむら)神社の磐座の写真送って頂きました。2004-7-7
    

 お久し振りです。その後,如何お過ごしでしょうか。岡山巨石探訪旅行に行って参りました。

磐岩神社についてですが,僕の,今まで見学したり,実際に体験した巨石とはどこか異質で神秘的でした。
 金光駅に到着し,タクシーの運転手さんに磐岩神社の事をお話ししてその場所へ連れて行ってもらうのがまず大変でした。 2台のタクシーの運転手さん達に聞いても,誰もその所在を全く知らない様子でした。  旅行の計画を立てている際に金光町役場の方に聞きしましたら、親切に教えてくれました。
その神社なら,金光駅から10分もしないで行けるとの事でした。又,駅前のタクシーの運転手さんなら、必ずルートは分かるはずです。 とも。

 金光町役場にお電話して事の次第をお話ししたところ,「岡本歯科医院という歯医者さんを目標にすれば,そこからすぐです。」 と教えて頂き、その歯医者さんまでタクシーで行きました。そこからはもう目と鼻の先でした。

早速。石段を登ると,立派な神社が鎮座していました。敷地がとても広く左手に回ってみると,目的の巨石をとうとう発見しました。  上り坂に巨石は累々と続いており,その間を通り抜けながら慎重に登って行きました。そして,本の写真で見た巨岩を見つけた瞬間はもう感激でした。

 何となく泰山さんのHPで紹介されていた,「六甲の甑岩」に巨石の構造を彷彿とさせました。 磐岩神社の御神体である巨石はやはり,自分の目で直接見ると迫力が想像していたのとははるかにケタ違いでした。
 とにかくその迫力に圧倒されて,しばらく呆然と立ちつくしてしまいました。

更に,その巨岩の脇を通り抜けると,比較的小さな社が建っていました。  もしかしたら,この裏手に何かあるかもしれない。と思い,背後に回ってみると予感が的中しました。

まず,三角型の岩があり,その後ろには男根石と思われる石が屹立していました。
 一体,先ほどの巨岩とその奥にあった社の裏手の三角型の岩と男根石らしきものとの相関関係はどう考えれば良いのか全く分かりませんでした。  とにかく,50枚以上,磐岩神社の巨石を撮影しました。

金光町の,「磐岩神社」の主祭神について書いておきます。
何年か前,日本の神話・伝説に興味がありまして,東京堂出版から出されている,「神話伝説辞典」を購入していました。 岡山旅行から,帰ってきた直後,磐岩神社で早速目に入った,「経津主命」(ふつぬしのみこと)と記された, 看板の内容をそのまま,お知らせしたいと思います。

『千数百年前,社前の辺りは,入り江に面する景勝地で,大三宅,小三宅という地名からみて微納物を収蔵する屯倉がおかれた枢要の地と推定される。 このため,海賊などの害を防護するため,下総国から武神を勧請し,まつったと伝えられている。
創建年は不明。当神社の名称は,日本書紀に記述されている祭神に縁のある「五百筒磐石」(いほついはむら)が周囲の地形にふさわしいことから名付けられたものと思われる。」

「経津主神」・・・「日本書紀」一書の伝えには,伊弉諾尊が火神「かぐつち」を斬ったとき, 剣の刃から垂れた血が,天安河の辺にある「五百筒磐石」となり,それが経津主神の祖になったと語られる。

又別の伝えには,その血がほとばしって磐にしみつき,それから化生した「磐裂」・「根裂」の二神の子となっており,また別の伝えでは「磐筒男」・「磐筒女」の二神の子とされている。
要するに「霊剣ふつのみたま」の神格化であり,その出生は「岩石を火で溶かして刀剣を製作する過程をあらわした」ものであろうと言われる。
「ふつのみたま」という霊剣の名は,「古事記」の高倉下の物語において,「建御雷神」によって天から投げ落ちた霊剣の名であった。 この刀は別名を「佐士布都神」とも,「甕布都神」とも呼ばれ神格化され,「石上神宮」に坐すと記されている。

また「素戔嗚尊が蛇を斬った剣は,「日本書紀」では,今吉備の神部のもとにありと記し,また石上に在りと記されていて,これは「延喜式」に見える「備前赤坂群石上布都之魂神社」に当たるらしいことを見れば,この剣も一名やはり「ふつのみたま」と呼ばれていたらしい。

「フツ」は刀剣で物を断つ音の形容であろうとも,鎮魂(たまふり)の「フル」と同系語で,「鎮魂」・「招魂」・「降神」などに用いられる語であろうとも言われる。いずれにしても「霊妙な神剣」に対する讃え名で,「必ずしも固有名詞ではなかろう。」
「フツヌシ」が「この霊剣」の神格化であることは,「旧事記」に,「石上神宮」に祀られる「フツノミタマ」のことを,一名,「布都主神魂刀」(ふつぬしのかみのみたまのたち)と呼んでいるのを見てもわかる。』


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村上太郎さん。いつもながら迫力のある、巨石を探訪してきていただきありがとうございます。
殆ど知られていない磐座だと思われますので、探すのが大変だったと思います。 地元でしっかりと神社の奥宮として御神体巨石が保護されているのが何とも嬉しい限りです。

今回の御神体は写真からでもその大きさと迫力が伝わってきますが、何といっても、六甲の 越木岩神社の甑岩(甑とは蒸篭;セイロのこと)に表情がそっくりなことですね。

磐岩と書いて、イワムラ(イワムロとも呼ばれるようですが)と読ませるところが気になりますね。 丹後の日室ヶ嶽のヒムロと同じように、磐の中に何かを閉じ込めているような語感があります。

六甲の甑岩はその昔、蒸せるような熱気が出ていたと言い伝えられていますが、この磐岩の御神体にも 何かそのような言い伝えは無いのでしょうか。

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看板に書かれた内容にはたいへん興味を惹かれます。

一つ目は、その昔その周辺まで”水”が近くまであった…という事実で、これまで多くの磐座が 海や川に隣接していたということを思い出しました。

13000年前に最新氷河期が終了した後、水面が急上昇し、オーバーシュート現象で 現在の水位よりも10m〜30m以上高かった時代もあると思われます。
その時代には現在考えられる山中の磐座が水辺にあったと容易に想像できます。

二つ目は「甕布都神」の”甕”でクシミカタマというキーワードからは、ニギハヤヒが 想定されますし、「建御雷神」はニギハヤヒの別名とも言われますので、ここにも ニギハヤヒと磐座の関係があるような気がします。

…泰山





 イメージ01→磐岩神社正面鳥居

---photo(C)-2004-by-Murakami Tarou @ Kanagawa





 イメージ02→磐岩神社社殿

---photo(C)-2004-by-Murakami Tarou @ Kanagawa





 イメージ03→奥宮の御神体巨石;磐座

---photo(C)-2004-by-Murakami Tarou @ Kanagawa





 イメージ04→周辺の階段状巨石

---photo(C)-2004-by-Murakami Tarou @ Kanagawa





 イメージ05→頂上付近の巨石

---photo(C)-2004-by-Murakami Tarou @ Kanagawa





 イメージ06→同上

---photo(C)-2004-by-Murakami Tarou @ Kanagawa





 イメージ07→剣岩;男根岩

---photo(C)-2004-by-Murakami Tarou @ Kanagawa





 イメージ08→御神体巨石の人工加工?を思わせる間隙

---photo(C)-2004-by-Murakami Tarou @ Kanagawa





 イメージ09→御神体巨石上部の球状部

---photo(C)-2004-by-Murakami Tarou @ Kanagawa




 イメージ10→六甲越木岩神社の甑岩を彷彿させる御神体

---photo(C)-2004-by-Murakami Tarou @ Kanagawa


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