生石神社の神体石

in Hyogo Pref. / Sacred artificial stone of Ooshiko shrine

Copyright(C) by Taizan 1996-2002
E-mail to Taizan
『泰山の古代遺跡探訪記』Topページ


泰山の古代遺跡探訪記
Presented by… クリックで---
プロデューサー;概念デザイン研究所へ---
コンセプチュアル・シンボル
”創造のピラミッド” Gainendesign-Labo.


芭蕉の俳句で有名な松島、若狭の海に浮かぶ天の橋立、安芸の宮島はいわずと知れた日本三景です。 日本三景に比較すると、その知名度がずっと低くなるのが日本三奇です。 日本三奇の中で最も知られているのは、霧島は高千穂の峰の頂上に突き刺さっている天の逆鉾でしょう。 第二番目が宮城県塩釜神社にある塩釜。これは訪ねる人は結構多いかもしれません。 日本三奇中、殆どの人がその名も知らず、訪れる事も少ないと考えられるのが石の宝殿です。

石の宝殿とは生石神社のご神体として祭られている人工の巨石の別名です。 生石と書いて「おおしこ」と読ませることも不可思議ですが、それ以上にご神体の巨石は 訪れた人を釘付けにします。それほどインパクトのある、しかも明らかに人工の巨石が 姫路からそう遠く無い山中に鎮座しています。

この巨石は殆どの参拝者の生活価値観を潜在的、顕在的に変えうる力を宿しています。 この地がいずれ観光化され、神体石が崩壊していくことは避けなければなりませんが、 より多くの人々に訪ねて頂きたい所です。 JR宝殿駅から徒歩で30分位の所に、まるでオーストラリアにあるエアーズロックのような 全山一枚岩盤でできている竜山の中腹に生石神社はあります。

神体石はこの巨大岩盤をくり貫くように削り出された異形の人工巨石です。 縦、横、高さ約7m〜10mの立体は推定500〜1000トン近くはあるでしょう。 巨石の底部は巨大岩盤と一体になっていると言われています。そして底部の周囲には 晴雨に拘わらず水位の変わらない池があり、まるで巨石はその池に浮かんでいるような 構造となっています。

同行したあるデザイナーが”不謹慎にも”そのご神体を「テレビ岩」と呼んでしまいましたが それほど、不思議でインパクトのある遺跡なのです。 神社の由来記には、この神社の創建が約2000年前の人皇十代崇神天皇によるものであること、 そして創建時既にこの奇石がそこに存在しており、神代に大国主によって創られたと 明記されています。

要するに、明らかに人工構造物である石の宝殿は未だにその生まれ、目的は 不明なままなのです。通常の歴史観や技術観では到底その存在を明らかにすることはできないでしょう。 そうしたものが現実に、長く温存されながら日本に存在する事、 それは非常にすばらしいことだとは思います。


生石神社の石の宝殿を訪ねるために、駅を出る。その名も宝殿駅。















駅から徒歩で30分のところに石の宝殿はある。
駅から遥か向こうに全山岩盤の竜山がかすかに見えてくる。
隣の石切り場の山も一つの巨大岩盤である。














生石神社の参道はかなりきつい。
つづらおれ状の車道を横切るように、まっすぐ上に登る。












神社由来記。崇神天皇の御代と言えば
日本史で年代が明らかにされている推古天皇よりも20代も前になる。
しかも創建時、さらに溯る事神代の記紀神話の時代に創られたとある。
真実は未だ闇の中である。しかし、人工の石はそこに厳然と存在する。











万葉集巻三

大なむち少彦名のいましけむしづのいわやは幾代へぬらむ
世をへても朽ちぬいはほのなかりせばかみ代のあとをいかてしらまし
うこきなき御代のしるしと神さひて幾としか経しこれのいはむろ
うこきなき御代よろずよの室とて石のみやいはつくりけらしも
みるからに尊とかりけりはりまなる志都のいわやは神のふるさと

古代の人のこの石に対する思いや石に込めた未来へのメッセージが切々と伝わってくる。


ご神体の正面である。前にある賽銭箱は
人の背丈より大きい。巨大すぎて写真の画面に入りきらない。
拝殿を過ぎて宝殿本体に初めて接すると思わずため息がでる。








神体石側面の人工的切削面。
本当の側面かどうかは分からない。拝殿に対しての側面。
使用目的によって切削部の意味は大きく変わるだろう。


















ご神体は鎮の岩室(しずのいわや)
が古くから伝えられている名称で、別名浮石とも言われる。
神体石周囲の池状の水面に浮かんでいるかのように見えるからだ。
巨石は岩山の岩盤と一体に繋がっているというふうに言われている。






人工的な鋭利な切削面。












後方の四角錘部。
同行した大手電気メーカーのデザイナーが思わず「テレビ岩」と
勝手に命名してしまった気持ちもわかる。確かに他の古代遺跡には
全く見られない不思議な形態をしている。






ご神体の巨石の周囲の岩盤に刻まれた階段。
竜山の頂上に立つと、ひとつの岩盤でできているこの山の不思議さを実感する。




















石の宝殿横の別の巨石。しめ縄が張ってある。
ご神体周囲の岩盤が崩壊した跡であろう。













石の宝殿を神社ごと上から見たところ。
本体の上には長年積もった塵埃がうずたかくあり、しかも松ノ木がしっかりと
根を下ろしている。



















ご神体の構造をわかりやすくスケッチにしてみた。
この巨石を人手で綱を渡して運ぼうとした、と説明をする人もいるようだが
実際に1000トン近い巨石を人間が運ぶとしたら1万人以上が同時に
引く事になる。人の統制の問題、当時の人口の規模から考えれば
そうした「現在地点からの演繹的発想」の方にこそ無理があるのではないだろうか。


top