諏訪大社と万治の石仏

Suwa-Taisha 4 shrines and Manji Rock Statue


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泰山の古代遺跡探訪記
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諏訪は是非とも訪ねたい所でした。 出雲神話に登場する大国主尊と須世理姫との間に生まれた武御名方富尊が 事代主尊との相続争いに敗れ、北陸の地から下った地が、諏訪です。 武御名方富尊は諏訪の地で、八坂刀女姫を娶り、諏訪を安住の地としました。 諏訪大社は諏訪大明神ともいわれ、このお二方を祭っています。

日本の地図を見ると、長野は日本の真ん中にあります。そして諏訪湖はそのまた 真ん中にあります。さらに諏訪はフォッサマグナの上にあり、「地」として 特別な環境にあります。諏訪周辺には数々の遺跡群が発見されてもいます。 南北アルプスと八ヶ岳という2000m〜3000m級の山々に囲まれて、 諏訪から甲府周辺にかけて独特のエネルギーが醸し出されています。 今まで個別に知っていた情報が、実際に現地を訪ねることによって 全て関連性を持っていることがよく分かりました。

まずその前編として諏訪大社周辺の状況をお伝えします。 諏訪大社は上社と下社に分かれ、さらにそれぞれ前宮、本宮、秋宮、春宮に 分かれます。降臨神である武御名方富尊と地の神八坂刀女姫の二柱祭る という意味合いもあると思いますが、それ以上に、大きな神社を複数配する 必要性があったように実感しました。それは諏訪湖を取り囲む聖山が数多く あるということなのです。

今回の取材で最も重要に感じたのは上社の 硯石と春宮付近の万治の石仏です。今回は直接ヒラミツト登山はしません でしたが、明らかにヒラミツトと言える存在がいくつもありました。 以下の情報を得ながら、来年開催される御柱大祭(7年ごと)に行けば、 きっと祭りの見方も違ってくるかもしれませんね。では、どうぞ。



諏訪の地は信州、北陸、甲斐の大ゾーンで見る必要がある。 今回は諏訪大社4社、鳴石、尖石遺跡、金生遺跡、甲府周辺を廻って見た。 まず前編は、諏訪と万治の石仏である。位置関係を確認して頂きたい。



諏訪大社上社前宮本殿。八坂刀女姫(八坂刀売神)を祭る。



諏訪大社上社本宮本殿。武御名方富尊(建御名方神)を祭る。



諏訪大社下社秋宮本殿。八重事代主神を祭る。 右に聳えるのが御柱。



諏訪大社下社春宮本殿。武御名方富尊、八坂刀女姫を祭る。 左に見えるのが御柱。御柱は各社4本づつ、合計16本ある。 上社用の8本は八ヶ岳から、下社用8本は霧ヶ峰高原から切り出され人手で運ばれる。



上社前宮本殿後ろの第三の御柱の向こうに聖なる山、守屋山が聳える。 上社の前宮、本宮とも背後の守屋山を御神体山としている。 守屋山は後述する巨石から考えてもヒラミツトと考えられる。 守屋山の中腹から頂上にかけて、必ず祭祀的な巨石があるはずだ。 次回は必ず登頂してみたいと思う。



上社前宮の袖にあった、通称「大石様」。 後述する尖石遺跡の尖石に石質が似た古い石だ。 大きさは1m立方程度。その横にはメンヒルらしき石があり コンクリートで土台を固めてあった。



上社本宮の本殿は実は二つある。一方は正式な本殿で神宮寺の方向をむいている。 神宮寺の方向を延長すると富士山に至る。これは本殿横にある守屋山をご神体とする 第二の本殿だ。実際に、楼門をくぐり回廊の中間地点に、隠し拝殿があり それがこの第二本殿を拝むようになっているのだ。この第二本殿の真横に 隠されるカタチで巨大な「硯石」があるのだ。右の図は硯石の予想図である。 高さ3m以上幅5m以上の巨大な岩で、かなり丸みを帯びた太陽石らしきものだ。 神社によって見事に隠されている。否、護られている。



上社本宮楼門と回廊。楼門の龍の彫刻は圧巻である。 因みに武御名方富尊は龍神として祭られている。



上社前宮から尖石遺跡の方向を眺めたもの。 向こうの小高い山の近隣に尖石遺跡があるのだ。 この小高い山も要チェックである。名前は不明。



諏訪大社春宮近くには奇妙な石仏がある。 それがこの「万治の石仏」である。 万治の石仏は春宮横の川の脇の田圃の中にぽつんとある。 私は以前からこの石仏は太陽石のような古代巨石に 頭を後代に取り付けたものではないかと思っていたが、 やはりそうであった。少なくとも私はそう確信した。
万治石(万治の石仏をそう呼ぼう)はその台座の巨石が 重要であり、さらに後方に控える高ボッチ山あるいは 鉢伏山との関連でみる必要があろう。両山ともなんとも 不思議な名前ではないか。いずれこの山も踏破したい。
前述の硯石と守屋山との関係と万治石と後方山との関係は 同様で、麓の巨石(特に太陽石らしき球体)とヒラミツト の関係を考える必要がありそうだ。ただし万治石は本当に 不思議な形態をしているので驚いた。



万治石の正面。高さは台座石だけでも2m〜3mはある。 周長は10mくらいはあるのだ。そこに頭が載っている。 この頭が独特の風貌をしているために、台座の巨石よりも 石仏として有名で、そちらの方に関心が向いてしまっている。
しかし、万治石の本質は台座の球体巨石なのである。 石仏はそれはそれで民間信仰には重要であるが、ヒラミツトと 巨石の探訪家から見れば、頭と台座の彫刻はこの巨石の 存在を意図的に隠す作為であると思えるのだ。



万治石の後方は見事に人手によって割られている。 ノミの跡があった。これには逸話があるそうで、 神社の鳥居を作るためにこの石を割ろうとしたら そこから血のようなものが吹き出たために、石工が 諦めたとか。



万治石を右側後方から見た所。 明らかに不自然な石仏であることがわかるはずだ。 頭を後から載せたことがよくわかると思う。 そして後方は無理矢理割られたのがわかるはずだ。



左側から見た頭部。おそらく心棒が入っており、 それで固定されていると考えられる。



後部。



台座の彫刻部分を真横から見たもの。 基本面は台座石の曲面そのものである。 そこを後から彫り込んだ様子が窺える。 重要な巨石を装飾するための技法である。
特に仏を掘れば、巨石よりも圧倒的に仏の 印象が強くなるからだ。但し、存続させるには よい手段だ。デメリットはオリジナルな意味性が 時間を経るにつれわからなくなることだ。



サイドのきれいな曲面をみたところ。 これが左右両方に存在する。



頭部の拡大写真。 石質は台座と全く異なり、大谷石のような穴が 多くあるようなものだ。大谷石ではないと思うが (大谷石は風雪に弱すぎる)どう見ても堆積岩に 見えた。しかも緑色を呈している。これに対し 台座は明らかに花崗岩であり堆積岩ではない。 色もかなり違う。実際にこの頭部を直接見ると この頭部と石仏というコンセプトは台座巨石とは 別次元であることが実感される。



台座石に付着している微細なふじつぼのようなぶつぶつ。 古代巨石に良く見られる光景だ。かびなのか花崗岩の 風化なのかはわからなかった。ただし、頭部にはこの 現象が見られなかった。



万治石があるところのすぐ脇を川(神川?)が流れ、 それに囲まれるように下社の春宮がある。



万治石を分析するために写真のイメージ操作をしてみた。 これは正面ビューから頭部をとり、さらに正面の彫刻を 消してみたものである。オリジンはこういうかたちを していたことだろう。



万治石の左側面ビューに人為的に削られたと 考えられる部分を足してみた。



上記の後方ビュー。 万治石のオリジンはかなり球体に近く、 しかも左右両面が人工的に曲面加工された 不思議な石であるようだ。こうした曲面は はじめてみた。生石神社の石の宝殿のような 不思議な造形の魅力がある古代遺跡なのである。


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