古代祭祀場トガリ

in Toyama Pref. /a typical clear shaped pyramid Togari as an ancient religious rites place


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泰山の古代遺跡探訪記
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コンセプチュアル・シンボル
”創造のピラミッド” Gainendesign-Labo.


尖山
と書いて、
「とんがりやま」
と読みます。地元の人は
トガリ山と呼びます。尖山は
その急峻で正確な容姿において、
最も有名な日本のピラミッドです。
太古日本のピラミッドの発見者である
酒井勝軍は、理想的なピラミッドの形態は
76度50分という非常に急峻な勾配を持つ、
と言及していますが、日本のピラミッドの中で
それに最も近い勾配を持つのが、この尖山でしょう。
平均斜度63度という急斜面でありながら、正確な四角錐
の状態を永年保ち続けることも大きな興味を抱かせてくれます。
富山鉄道立山線に沿って小1時間もクルマを走らせると、未だ平野の
続く地点に忽然とその麗姿をのぞかせます。まっすぐ伸びた車道が遠方で
山の緑に交わる当たりに、皆が同時に「あっ!あれだ」と発見の歓喜の声をあげる
ように、それは浮かび上がってきます。空中に突き刺さるように屹立する尖山のカタチをどう
しても一目見たいと思っていました。尖山の頂上で、ふと浮かんだ実感、それは「ここはきっと何か
大仕掛けなシステムの一部ではないか」というものでした。それは大掛かりな祭祀場かあるいは大発着
基地のような…。この感覚は他のピラミッドや巨石を訪ねたときとは少し次元が違うようにも思えました。

1996泰山記

2010 高精細画像に置換え+補足



富山の街を出て国道6号線を東南方向に走る。田園風景の中に幾何学的な三角形の山が見えてくる。



目に飛び込んでくるその姿はあまりに美しい。これが標高559mの尖山である。 写真で見てもその尖鋭さは確認できると思うが、実物の方が圧倒的に「尖がっている」。
地元では親しみを込めて「トガリやま」と言っていた。ニュアンス的にはそれが的確だ。 昭和50年代週刊誌の特集で一躍有名になった。富山大学でも本格的な調査をしたが、 その後沙汰止みとなっている。誠に惜しい話である。歴史の真実はパンドラの箱ではない。
恐れも遠慮も不要なのだ。それは歴史の真実はもっと強固で、深く、そして「温かい」 ものだからである。この山の頂上付近からは古代青銅製の鏡も出ている。また、同じ 高山山塊の位山と光の共演も見られるそうだ。頂上から見渡せる360度の展開に、 たかだか2000年の有史など、一瞬の夢まぼろし…な・の・だ。



尖山の麓には蔵王神社がある。 その脇を抜けて,くるま1台がようやく通れる 細いつづら折れの山道を上がると やがて登山口の向こうに 絵の様に美しい尖山が現れる。 鋭角の四角錐なのだ。



頂上真近の階段道。 山の急峻さが写真でもわかるはずだ。 頂上までこうした道を何度も 折り返しながら登る。 標高の割には登頂に時間がかかるゆえんだ。



登山口から頂上に至るまでは 小一時間はかかる。 これは山腹の地膚である。 泥と小振りの石が混在している。 松代の皆神山で見た状況と似ている。 こうした構造が頂上まで続いている。 岩盤でできた山ではないにも拘わらず、 尖山の平均勾配は63度と 極めて急峻だ。 この急峻さが永年保たれていることは 奇跡的ですらある。



登山路にそって約40分ほども登ると見晴らしがよくなり、富山平野や北アルプス系の山々を眺望することができる。



尖山標識。 ストーンサークルの下からは古代に祭祀で使用したと 考えられる青銅製の鏡が出てきている。 しかも表層からほんの少しばかり掘った所からである。 尖山は太古、上古から近世にかけて営々と 祭祀が行われて来ているのではなかろうか。 おそらく、頂上付近や中腹からは 複層的に折り重なった歴史の痕跡が出土することだろう。
ピラミッドに典型な巨岩にはお目にかかることはできなかった。 登山道以外はあまりに急峻で探索できないからだ。 一説によれば、尖山の北側斜面に巨石遺構があるとのことだ。 特に北側が重要だ。それは後で述べる。 >前述の蔵王神社にもしめ縄の張られた祭石がある。 当然、祭壇石や天の岩戸等が埋もれていることだろう。



尖山の頂上は約10畳ほどの大きさしかない。 その頂上には比較的大きな岩のかけらが ストーンサークル状に並んでいる。 太陽石の崩壊後、このようにサークル状に ならべたとも考えられる。
この頂上には幾つかの歴史が 重なり合っているように思える。 太陽石の時代、ストーンサークルの時代、 どちらも存在しどちらも重要だったのではないだろうか。 遠方は美女平方面。



同行した仲間の様子から頂上の広さが分かると思う。 尖山の頂上は抜群の展望である。 360度全て見渡すことができる 遠望の美しさは一度は経験されたい。
尖山は雨がよく降ると言われている。 そして頂上付近では磁気異常も認められるという。 幸運にも私たちは尖山でも好天に恵まれた。
この山の頂上から貰ったエネルギーで 1週間位は体が「モゾモゾ」していたのを憶えている。



尖山の山肌を洗うように流れ出る清水。 水はきれいだ。水量も比較的多い。



北アルプス方面の展望。



美女平を望む。



尖山の西方の太鼓川。富山鉄道立山線がこの上を横切る。



尖山の北側に広がる「飛行場のような」平坦部。 ここは天林(てんばやし)と呼ばれる上部が平坦な段丘なのだ。 尖山を後にしてしばらくした後、尖山を振り返ったときの情景だ。
そこには南米のティオティワカンを彷彿させるような、広い参道と本殿としての尖山があるのだ。



これは尖山と天林と北に位置する新宮山の鳥瞰イメージだ。新宮山とは言い得て妙である。 南紀の熊野になぞらえれば、さしずめ尖山は本宮ということになる。 この新宮山を拝殿とみなせば、葦嶽山と鬼叫山の関係を思い出さずにはいられない。 鬼叫山も葦嶽のほぼ北に位置する。新宮山も要探訪である。 鏡岩やドルメンが眠っている可能性がある。因みに飛騨高山の位山や日輪神社は尖山の南に位置する。 天林の大地に立って、尖山を仰ぎ見たとき 私の頭の中に「古代の巨大システム…」というキーワードが横切ったのである。


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